BAR業態様 限定

バーテンダーズ アイ

「こだわり」、それは酒の道を追求するバーテンダーに必要な資質と思われている節がある。しかし「こだわり」は本来、固執、妄執など執着を意味するネガティブな言葉。バーテンダーには、およそ相応しくない。バーテンダーの仕事は、酒を振る舞う手法に専心する…つまり「凝らす」ことにある。プロフェッショナルとしての思い思いの「凝りよう」が、接客やインテリアなどの細部に沁み渡り、至福のグラスに宿り、静謐なBARの空気を産み出しているのだ。
そんなバーテンダーの「凝りよう」を取り上げる「bartender's eye」、ぜひ呑んでもらいたい、凝りに凝った一杯を訊いた。

今回のテーマ
凝りに凝った一杯

松濤倶楽部 オーナー 児玉亮治氏

生生姜をマドラーにしたモスコミュール

松濤倶楽部は、私が20年来通う一軒。そこにこんな一杯があるとは、つゆ知らず。オーナーの児玉氏はこう語る。「『モスコミュールを辛口で』とオーダーされることが多く、色々と試行錯誤を重ねて来ました。その結果、辿り着いたのが、生姜をマドラーとし、そのまま添えたこのスタイルです」。

BARでモスコミュールを注文する客は、辛口にこだわる。居酒屋などで出される甘めのモスコミュールとは、まったく異次元の一杯だ。氏は、それまでも辛口のジンジャエールを使用していたものの、それすらも甘く感じ、自ら作り込むようになった。生姜をウオツカに仕込んでみたり、生姜を擦り蜂蜜を加えてみたりと、工夫を凝らした結果「季節感を出すため、そのまま生姜を使ってみるのもいいか」と閃き、現在のスタイルに。

ウオツカで生姜のコンクを造り、真鍮のマグにてトニックとソーダで甘みを調整。ライムを加え、仕上げに生生姜をマドラー代わりに添える。見目もややワイルド。生姜をかじりながら呑むこのモスコミュール、酒好きなら狂喜すること受け合い。ややドライに仕上がったモスコミュールをひと口含み、やおら生姜にかじり付く、生姜が口中にあるうちにさらにモスコミュールを含むと、生姜の辛みが口の中いっぱいに広がり、そのパンチに幸福感を噛みしめる。目が覚めるような一杯にたまげる。その爽快感は二日酔い、体調不備の夜にも適している。

残念ながら生生姜の仕入れに左右されるため、5月から9月までの夏季限定メニュー。今の季節にぜひ一杯やっておきたい逸品だ。

「まだまだ未完成品。だが、誰もが知っているカクテルに趣向を凝らす点にバーテンダーとしての存在意義を感じます」。今後も氏の繰り出すスタンダード・カクテルに注目したい。

生生姜のマドラーは見た目にも粋だ
松濤倶楽部 店内

バー・オーチャード銀座 オーナー 宮之原拓男氏

液体窒素を使ったフルーツカクテル

一言で語ると「未来派カクテル」。そのカクテル・メイクのプレゼンテーションたるや、カウンターでマジックショーを観る気分だ。シルバーの巨大なボウルに、タンクから魔法の液体が注がれると、怪しいスモークがぶわっと店内に立ち込め、瞬く間にフルーツのカクテルが差し出される。

「世界でもっとも予約が取りにくいレストラン、スペインの『エル・ブジ』、フェラン・アドリアさんのレシピを参考にカクテルに応用しました」と宮之原氏はその着想を語った。水、氷を一切使わず、フルーツと酒のみを使用。既存のバー・ツールも使用せず、医療用の液体窒素を用いる。氏が日本で初めて、カクテルに応用した。

液体窒素カクテルについて、全国から問い合わせがあるという。「液体窒素はどこで買うか、どれぐらいの費用か、何杯作れるか、免許がいるのか…といった質問が多いですね。実際には、免許が必要な危険物でもないので、医療用品を扱う業者さんから手に入れられます。大学の実験室などでは浴槽一杯分ぐらい使用するようですが、バーでは5リッターのタンク一本。リッター1000円とそれほど高価ではないです。ただ、風船と同じで放っておくとガスが抜けてしまう。オーダーが入らないと無駄になりますから、空気を買っているようなものですね」と苦笑する。

白状すると、私は斜に構え、このカクテルを「ソフト」な代物と決めつけていた。だが、フレッシュのフルーツを瞬間冷凍するため、フルーツの滋味が凝縮され、アルコールの高いカクテルとなり、その仕上がりの美味さに感心させられた。

氏にそう告げると「フルーツカクテルは、フローズンと相性が良いのですが、氷が溶けて来ると、どうしても水っぽくなります。この手法だとフルーツとお酒の素材がそのまま伝わる。プレゼンテーション力もすごく高いカクテルですね」と真摯に答えてくれた。実際、営業中にオーダーが入ると、店中の客が「お、あれ、何だ」と注目の的となる。

しかし、マスター、「液体窒素カクテル」とは、キャッチーなネーミングと言えない。どうも化学の実験のようだ。この際、「リキッド・ナイトロジェン・カクテル」と気取るのはいかがか。え?単に英語にしただけ?その通りだ。失礼した。

液体窒素のフルーツカクテル、死ぬまでに一度は味わってもらいたい。

斬新な手法で店内に驚きが広がる
パッションフルーツはこのような仕上がり

maeda bar オーナー 前田賢哉氏

ウイスキー+ウイスキー

「常にお酒を作ってみたいという気分があり、ある時期からカクテルではなく、『こんな酒があったら…』というイメージを念頭に色々なスピリッツを掛け合わせるようになったんです」と試行錯誤のきっかけを語る前田氏。特にウイスキー同士をブレンドさせる際は「本当にどうしてこんな味になっちゃうの?」と思うほど不思議な仕上がりになり、困難を極めたと言う。「1+1=マイナス20にも30にもなってしまう感じです」。

そんな中、店で出せるほどの完成度に達したのは、山崎とラフロイグのコンビネーション。「まぁ、洒落だと思ってもらえれば良いかと…」と苦笑する。

しかし、このブレンドの割合も「適当」と言うわけにはいかない。ラフロイグを増やすと、ラフロイグの癖だけが全面に出てしまい、少ないと山崎だけが勝ってしまう。微妙な均衡を保たないと、洒落でも店で出せる仕上がりにならないほど難易度が高い。「分量の微妙なバランスですごく変化してしまう」と顔をしかめる。

「たった二種類のウイスキーをブレンドし混ぜるだけで、こんなに苦労するわけですから、ブレンダーさんの仕事の偉大さに感心します。20、30種類の原酒を掛け合わせるなんて、ものすごい仕事だと改めて思い知らされました」。バーテンダーとして新たな視点も持つことが出来たとその意義を説く。

「山崎+ラフロイグ」、他のBARで中々お目にかかる代物ではない。maeda barで一度、バーテンダーならではの戯れに触れてみては、いかがだろう。

絶妙なバランスの山崎+ラフロイグ
様々な魅力をもつmaeda bar
取材記者:たまさぶろ プロフィール

東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。「週刊宝石」、音楽雑誌などの編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。Berlitz Translation Services Inc., やCNN Inc.本社勤務などを経て、帰国。「月刊プレイボーイ」、「男の隠れ家」などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで600軒を超える。

最近の著書は「【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR」

著書

撮影:斉藤美春