曽我和弘のBAR探訪記「噂のバーと、気になる一杯」

酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。

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千円札一枚の幸福感
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Bar Arlequin(バー・アルルカン)

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Bar Arlequin(バー・アルルカン) 写真

オープン5年目で、すでに老舗感を有すバー

人にとって“贅沢”とは何かと考えることがある。哲学的問答ではなく、ちょっとした幸せという意味でだ。ラジオ番組の某パーソナリティは、「家や職場の近くのホテルで、のんびりすることだ」と言っていた。確かに家があるのに、近所の旅館やホテルに泊まりに行く必要はない。彼が言うように、一見ムダなことをやるのが、ゆとりの証明かもしれない。 では、その問答に私が答えるとしたら何なのか?それは陽(ひ)の高いうちから飲みに行くことだろう。唄で知られる小原庄助さんは、朝寝・朝酒・朝湯が大好きで、それで身上をつぶしたらしいが、こちらは連日、夜遅くまで働いている。時には早い時間から飲んでもいいはずだ。さらに、このバー探訪記なるものも連載しているので、飲むのも仕事のうちである。…と、そんな言い訳を考えつつも早い時間から開いているバーに足を向けた。 北新地にある「Bar Arlequin(バー・アルルカン)」は、午後3時からオープンしている店である。開業して5年目を迎える比較的新しいバーだが、その雰囲気からすでに落ち着いた雰囲気を宿している。木やレンガを使った内装がそう感じさせるからだろうかと思っていると、どうやらそれだけではなさそうだ。「バー・アルルカン」の店主・佐藤慎亮さんは、関西ではおなじみの老舗バー「北新地サンボア」の出身である。「サンボア」で修業をしたことが、彼のバーテンダー人生にかなりの影響を与えたようで、「独立するなら『北新地サンボア』のムードを継承した店を作りたい」と思ったらしい。なので比較的新しい店なのに、すでに老舗感がついている。

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そもそも「サンボア」は、1918年に神戸で岡西さんというバーテンダーが開いたもの。「堂島サンボア」は、その岡西さんの弟子・鍵澤さんが暖簾分けのような形で、開いたと聞く。「サンボア」には決まりのようなものがある。それは10年間修業して、オーナーから承諾を得たら独立する時には「サンボア」を冠した店を持ってもいいということ。つまり、日本の店で代々伝わる暖簾分けのシステムがあるのだ。佐藤さんも「10年職いて、暖簾分けの形で独立するのもいいかな」と思っていた時期もあったらしい。でも、自分の人生設計で、大学を出て10年たったら起業すると決めており、32歳になった年に独立を果たしたという。 佐藤さんは、小樽の出身で、姫路の大学に来たのが関西に縁ができたきっかけ。お母さんが神戸出身だったこともあって、東京に行かずに、遠い関西の地で学んでいる。大学を卒業し、いったん外食産業に就職するも、そこを辞めてバーデンダーの道へ進んだ。そして勤めたのが「北新地サンボア」というわけだ。佐藤さんは、「北新地サンボア」に都合8年近く勤めていたことになる。あと2年ほどたてば、「サンボア」を冠した店が持てたはずなのだが、大学卒業時に立てた人生設計を優先している。「本当にいいお客様ばかりだったし、その空間自体も好きでした。だから悩んだんですが、やはり初心を貫きたくて、32歳で独立しました」と佐藤さんは胸のうちを語ってくれた。 フランス語で道化師を意味する「アルルカン」は、ピカソなどの画家がよく題材に用いている名称。「その名前が、いつしかバーの代名詞になり、『サンボア』のように弟子たちに暖簾分けができれば理想です」と佐藤さんは言う。あくまでも「サンボア」という名門バーで働いたことにこだわり続けている――。そんないい店といい師匠に巡り逢えたことが、バーテンダー・佐藤慎亮を作り上げているのだろう。

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「白ハイ」と名づけられた、名物ハイボール

「バー・アルルカン」という新しい店を持ったにも関わらず、「サンボア」のスタイルは、この店でも踏襲されている。最も顕著なのは、「角ハイ」。誰でもわかる通り、「角瓶」のハイボールのことである。「サンボア」では、そのハイボールを氷を用いずに作るのが、基本スタイルになっている。この形を「バー・アルルカン」でも倣って、「角ハイ」と注文すると、氷なしのハイボールが出てくる。前述のように「サンボア」は大正時代にできたバーである。当時は氷も貴重品で、冷蔵庫とて今の電気で冷やすものではなく、氷の冷気を使って冷やしていた。そんな時代だったからであろうか、ハイボールも氷を使わず、ウイスキーと炭酸のみで作っていた。そして、口当たりをよくするためにレモンピールを使っている。その伝統を「サンボア」は今も引き継いでいる。だから「角ハイ」は氷を使っていない。佐藤さんも店名には「サンボア」の文字はないが、心の中ではその名を引き継いでいる。だから「アルルカン」でも「角ハイ」には氷が使われていない。 オープンして1年たった頃、佐藤さんは「角ハイ」に続く名物ハイボールを提供したいと考えた。そこで生まれたのが「山ハイ」と「白ハイ」。前者は「山崎10年」で、後者は「白州10年」のハイボールである。「バー・アルルカン」では、基本が1ジガーなのだが、「角ハイ」も「山ハイ」「白ハイ」も、ともにダブル。ちょっと濃いめのハイボールである。

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私は陽(ひ)の高いうちから「バー・アルルカン」に入って、今日は「白ハイ」を注文した。すると、佐藤さんは、グラスに「白州10年」を60ml注ぎ、大きめの角氷を入れてそれを作っていく。氷が入ると、ウイスキーと氷をなじませる意味でステアし、ソーダを120ml注ぐ。つまり1:2の割り合いでハイボールを作るわけだ。仕上げに「角ハイ」と同じようにレモンピールを振りかける。「白州」のコピーに、「つくり手に森を選んだウイスキー」というのがある。南アルプスの麓にあるサントリー白州蒸溜所で造られたそれは、まさに森薫るもの。すっきりした中にもスモーキーさがあり、炭酸がグラスの中ではじける時によりスモーキーさが強調される。 佐藤さんは「山ハイ」と「白ハイ」を提供しようと決めた時に、「角ハイ」同様、氷を入れないでおこうかと考えたこともあったそうだ。だが、間口を広くし、色んな人に楽しんでもらいたいと考え、氷を用いて「山ハイ」「白ハイ」を作ることにした。「やはり氷がある方が、女性には飲みやすいでしょうし…」とその理由を話してくれた。 「サンボア」同様、この店でも「角ハイ」は主力商品である。しかし、ブレンデッドウイスキーとは違うハイボールの楽しみ方を提起したかったので、高級イメージを有すシングルモルトで作ることにした。使用するウイスキーは、年数の高いものより、「リーズナブルに提供したいから」と、10年ものを選んでいる。ダブルの量が入った「白ハイ」は、ウイスキーの味がしっかり利いており、炭酸がさらにその味を強調するかのよう。一口目より二口目の方がと、段々と美味しさが進むようになっている。 「同じ『白州』でもドライで、キレがいいのが10年の方。それに対して12年は、角が取れて口内で最後までその余韻が楽しめるのが特徴。10年がハイボールに適しているように、12年の方はロックやハーフロックで楽しむのがいいでしょうね。水を少しだけ入れると、甘みが感じられるようになります。角も取れるので、味に丸みができるんですよ」と佐藤さんは話す。最近、飲んだ「白州シェリーカスク」は、目をつぶって飲むと、同じ「白州」ブランドとわからないほどだった。こちらは柔らかく、トワイスアップで飲んだせいか、「白州」の荒々しさが消えて、まろやかになっているように思えた。同じブランドでも、寝かせた樽や年数が違うと、こうも個性が異なるのかと面白く感じた。

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しかし、佐藤さんは、「あくまでも個人の飲み方なので、自分が飲みたいスタイルを示すべきだ」と話している。「バーテンダーがこう飲んでくださいといった押しつけのような形は、いけないと思うんですよ。あくまでのひとつの提案として受け取って欲しいんですね。やはり嗜好品なのですから、恥ずかしがらずに、自分が飲みたいと思う飲み方で注文してくれれば、いいと思いますよ」と言う。 ところで、「バー・アルルカン」は、第2号店がゴールデンウィーク明けにお目見得するらしい。その名も「スタンド・アルル」。今の店をダウンサイジングした感じで、会社帰りにふらっと寄って、一杯飲めるような店にしたいと話していた。「スタンド・アルル」は、「バー・アルルカン」から歩いて3分ぐらいの場所で、「桜橋ボウル」の裏手あたりにできるらしい。オープン5年目で、すでに人気店の仲間入りをしている「バー・アルルカン」。その勢いが、さらなるスタイルを生むに違いない。来月は「スタンド・アルル」に行ってみるか。そう思いながら「バー・アルルカン」を出た。街は帰り支度を急ぐサラリーマンで溢れている。こうして考えると、夕方までに一杯飲れる己の幸せ(贅沢)をつくづく噛み締めずにはいられない。

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Bar Arlequin(バー・アルルカン)

お店情報
  • 住所大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビル1F
  • TEL06-6345-6567
  • 営業時間15:00〜翌3:00 ※15:00〜20:00までは、ハッピアワーを設けており、1ドリンク200円引き
  • 定休日無休
メニュー
  • 白ハイ(W)1000円
  • 山ハイ(W)1000円
  • 角ハイ(W)900円
  • 白州12年(1ジガー)1500円
  • 山崎12年(1ジガー)1500円
  • ラフロイグ10年(1ジガー)1200円
  • ラフロイグ10年(S)1000円
  • ジントニック1000円
  • ジンリッキー1000円
  • マカロニサラダ300円
  • 塩漬け豚ねぎま400円
  • アルルカン風カレー900円(ハーフサイズ500円)
  • ビーフヘレカツサンド1500円

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