バーテンダーを取材していて気づくことは、「個人的には白州が好きですね」と話す人が多いことだ。「山崎」と「白州」は、サントリーを代表するシングルモルト。前者が歴史ある山崎蒸溜所でつくられているのに対し、後者は南アルプスの甲斐駒ケ岳の麓にある白州蒸溜所でつくられている。バーテンダーは、勉強がてら、この森の蒸溜所(白州蒸溜所)に何度も出かけている。そしてウイスキーがつくられる環境下に身を置き、しみじみ思うそうだ。水、風土、気候と、その全てがウイスキーづくりに適していると―。 そんな白州蒸溜所から2月末に新たな一本が登場した。その名も「白州シェリーカスク」。このウイスキーは、名前からもわかるように「白州」の原酒の中からシェリー原酒のみをヴァッティングしたもの。シェリー樽で熟成したためか、甘酸っぱく華やかな香りと穏やかで、ほのかなビター感を有している。私は先日訪れた北新地のバー「Beso Mary.r(ベッソ・マリアール)」で、磯田修身さんに薦められ、その一杯を味わった。 「ベッソ・マリアール」は、有名バーテンダー・佐藤章喜さんが営む「Beso(ベッソ)」の姉妹店である。「ベッソ」は、バーでは珍しく、炭火の焼き場を持った店で、そこで作られる料理とのマリアージュが愉しめると、人気が高い。一見、変化球的な「ベッソ」に比べて、「ベッソ・マリアール」はストレート。こちらは佐藤理恵子さんがやっているためか、顧客を母性的愛情で包み込むような店である。店内は英国アンティーク調。まさにウイスキーが似合いそうなバーである。2号店ということで、まだ新しいのかと思っていると、そうではなく、すでに12年目を迎えているという。「ベッソ」開店の1年後に北新地本通りにオープンしたそうで、7年前に今の場所に移ってきた。 本格的な英国調のバーだが、そこは「ベッソ」の姉妹店だけに名物的な料理も見られる。「名物ヘレカツサンド」はそのひとつ。カドワキ牛(三重)A4クラスのフィレ肉を使用し、ポートワインとフォンドボゥのソースを絡めて作っている。この旨さたるや、北新地の常連には轟いているようで、北新地のおみやげランキングで1位に輝いた実績がある。
佐藤理恵子さんのもと、現在、この店で店長を務めているのが、磯田修身さん。「ベッソ」に来て6年目を迎える31歳のバーテンダーである。 磯田さんは20歳の時に行きつけの店で勧められるままにバーテンダーになった。軽い気持ちで、この世界に入ったが、やってみると、技術は伴わないは、会話もままならないはで、頭の中がパンク状態になったらしい。25歳の時には友人と店をやっていたそうだが、オープンして1年たつと、会話の未熟さと、同じカクテルを繰り返し作っている自分に嫌気がさし、一念発起して勉強し直そうと店を出たという。 「バー平松」の平松さんから紹介されたのが佐藤章喜さん。丁度「ベッソ」に空きがあったことから、佐藤章喜さんのもとで基礎からカクテルを含めバーテンダーの技術を学び直した。「ベッソ」に勤め始めてすぐ磯田さんはカルチャーショックを受けている。それは「ベッソ」の中で見聞きする世界が全て見たこともない新しいものだったからだ。色んなカクテルをこなす師匠の姿を見て、「こんなにカクテルの注文が通る店が他にあるのだろうか」と思ったらしい。 そして師匠・佐藤章喜さんから「カクテルは液体を注ぐのではなく、気持ちを注いで作るのだ」と教えられた。例えスタンダードなカクテルでも、シェイカーの中のレシピは絶対ではない。生のフルーツでも時期によって甘みも変われば、酸味も変わると師匠は言うのである。 ある日、こんなことがあった。それは磯田さんが、これでいいだろうと思って出したカクテルにお客さんが首を傾げる仕草をしたのだ。すると佐藤章喜さんは「なぜ作り直さない」と磯田さんを詰問した後、「迷いがあるカクテルを出すな!」と怒ったそうである。以後、磯田さんはその言葉を教訓として90〜100点を取れるものを作り続けているという。仮りに満点ではなく、90点だとしても、美味しい90点ができるよう心がけているそうだ。その姿勢がわかっているからこそ、人は「ベッソ」や「ベッソ・マリアール」に通い詰める。言葉には出さなくとも自然と客側にもわかるのだろう。
さて、肝心の「白州シェリーカスク」を飲んだ話だが、磯田さんは私に「この酒は、ちょっぴり冷えたトワイスアップが美味しいのでは…」と言いながら薦めてくれた。磯田さんの薦めるままにそれを注文すると、彼はまず氷でミキシンググラスを冷し、水を切った後に「白州シェリーカスク」を45ml入れた。ウイスキーの香りを開かす意味で、軽くステアし、さらに30mlのミネラルウォーターを注ぐ。水とウイスキーを一体化させるかのようにステアしたら、クラシカルなショットグラスにそれを注いで提供してくれた。 「白州シェリーカスク」のトワイスアップは、その個性でもある荒々しさを消して、口当たりのいい、優しい飲み物へと変貌している。それでいて『白州』の香りや柔らかさは十分伝わる。意外に思うのは、これまで親しんできた「白州」とは味が違うこと。「白州」といえば、独特のピート香や爽やかさがあったのだが、シェリー樽で寝かさせていたためか、甘く濃い味わいが印象的に残るようになっている。 その点を磯田さんに尋ねると、「これを飲んだお客様は、『白州』のイメージとは異なると発する人が多いんですよ。ウイスキーの持つ深みと表現してもおかしくはない、優しい甘みを持っていますね」と話してくれた。48度とアルコール度数も高めだからか、ストレートで飲むと濃い甘さが口内に伝わる。香りが残る程度に少し冷やして水で割ることで、それが優しい味に変化する。そんな要素をこの酒は秘めているといえる。 磯田さんがトワイスアップを薦めるのは理由がある。元来、日本酒などに慣れ親しんできた日本人は、強いアルコール度数のものをそのまま楽しめる舌を持っていないそうだ。だから水割りやハイボールをよく飲むのだと磯田さんは自論を展開する。水やソーダで割ってしまうのは勿体ないと考えるものには、トワイスアップやハーフロックがいいと言う。「この酒を少し冷えたトワイスアップにすると、どことなく紹興酒やアモンティリャード(シェリー酒)を味わっている雰囲気になるんです。だから料理に合わせやすい酒といえるかもしれませんね」。そう言いながら磯田さんは、生チョコレートとドライフルーツの盛り合わせを添えてくれた。
この生チョコレートは、「ベッソ」のオリジナルで、中に酒に漬け込んだ無花果(イチジク)が入っている。食べると、それがアクセントになってより美味しく感じる。一方、ドライフルーツは、メロン、マンゴー、ブルーベリー、生姜のラインナップ。微妙な酸味が欲しい時にはぴったりだと話す。ドライフルーツをかじってウイスキーを飲むと、口内で甘いものと酸味が一体化するような印象を受ける。 磯田さんが「一番合うのが生姜のドライフルーツですよ」と言うだけあって、これを食べてウイスキーを飲むと、言葉では表しにくいが、何か「白州シェリーカスク」の中になかったものがプラスされたような気がする。「このドライジンジャーは、かなり辛いでしょ。噛みしめると、口の中がピリピリしてきます。この味の追い足しが『白州シェリーカスク』にはフィットするんですよね。甘み、酸味、辛みが一体化して、美味しさに変っていくんですよ」と磯田さんは解説してくれた。 磯田さんによると、何かといっしょに食べるには面白いウイスキーだそう。「紹興酒にも似た味わいを持つから中華と合わすといいのかも…」と力説する。「実は、まだやっていないんですが、今度、豚の角煮と合わせてみようと思っているんです。少し冷えたトワイスアップは、きっとマッチしますよ」。そう言えば、某料理研究家が、シングルモルトには、四川料理がマッチすると言っていたことを思い出した。さすれば、行きつけの中華料理店にこの酒を置かせてみようか。そんな事を思いながら「白州シェリーカスク」を味わった。