何冊もグルメ本を作っていると、時折りデジャブのような感じになる。一度も訪れたことがない店なのに「あれ?!ココは以前来たことがあるのだろうか?」と思ってしまう。メニュー表を見ても名物料理を覚えているし、内装も確かに記憶がある。しかし、これらは私の錯覚で、一度も店へ足を踏み入れたことがないのだ。どうしてデジャブが起こるかというと、答えは簡単。取材者(ライター)が書いた原稿を編集者としてチェックするからだ。編集者は一冊全てが同じような文体になるように、ライターが書いたものへ手を入れる。さらにカメラマンが撮ってきた写真のうちから、その店がイメージできるものを選んで、レイアウトへとまわす。そんな作業をしているうちに、その店の特徴を覚え込んでしまうのだ。 難波にある「SAKA BAR」(サカバー)も私をデジャブへと導いた店のひとつ。難波駅からすぐという至便な地にあるのと、老舗バー(1988年オープン)という点から、関西のグルメ誌には何度も登場している。
店主・川上健次郎さんは、今年でバーテンダー歴39年のベテランである。学校を出た時に、「飲食店ならまかない料理が食べられるからいいだろう」と軽い気持ちでこの道へ入った。実際にバーで働いてみると、酒の奥深さがわかり、バーテンダーの道を邁進して行ったようだ。川上さんのモットーは「例えお客様と親しくなったとしても境を越えてはいけない」ということ。これはかつて勤めていたバーで師匠から教わったこと。「お客様は友達ではない!いくら親しいとはいえ、友達づきあいになってしまえば、肝心のサービスが荒れてくる。だからいっしょに遊びに行ったり、店内でいっしょに飲んだりしてはいけない」。この師匠の言葉が今でも脳裏に深く刻まれているそうだ。だから自店では決してお酒を飲むことはない。「それをやると、仕事が雑になるように思えるんですよ。私もお客様と全く同じで、仕事を終えての一杯が一番旨いですから」と話してくれた。 川上さんが「サカバー」を始める時に、「厳格で堅苦しい店にだけはしたくない」と思ったそうだ。だからこの店の雰囲気は常に明るい。ラフな感じで、楽しくお酒が飲めるようにと雰囲気づくりに務めている。だからかもしれないが、時折り奇妙なリクエストがやってくる。それは小説に出てきたカクテルを作って欲しいとの要望だ。そんなリクエストが来ると、川上さんはカクテルブックを買って調べながら、そのイメージに沿ってカクテルを作る。店にあるリキュールやフルーツなら・・・との条件は付くが、きちんと調べて具現化してくれるのだ。これもプロならではのサービス。顧客の要望をできるだけ実現してあげたいという優しい気持ちが川上さんを本屋へと向かせるのである。
ある日、「サカバー」にこんな物が持ち込まれた。それはパスタを入れる丈の長い瓶。これに蛇口を付けたので、何かできないかというものだった。ロシアに「ナストイカ」なる飲み物がある。ロシアの農家でよく飲まれるもので、作物をそのまま置いていたら腐るので、野菜などをウォッカで漬けて飲むらしい。川上さんは、それをヒントにこのパスタの瓶にブツ切りのフルーツを入れ、「SKYY」(ウォッカ)で漬け込んだ。いわば梅酒的な発想である。漬けるフルーツは、金柑、パイナップル、パパイヤなど旬のフルーツを。それを「ナストイカ」と表記して「サカバー」で出している。 この「ナストイカ」からさらに発展したものが、「フローズン酒果(サカ)バーカクテル」。「SKYY」で漬けたフルーツの果実をブレンダーに入れ、これにフルーツのリキュール(60ml)とクラッシュの氷で作る。当初は女性向けにと企画したのだが、意外にも「普段、果物を食べないからこんな時にこそ」と言って男性がよく注文するらしい。「フローズン酒果バーカクテル」は、凍らせることで濃縮されるから、本当は強(きつ)い。しかし、それを感じさせない旨さがある。こんな点も男性にウケているのかもしれない。
男性ですら、キレイなカクテルを注文できる。そんな雰囲気が、やけにいい。だからついつい一杯余計に飲ってしまう。「サカバー」では、時々、キャンペーンの一環でプレゼントが当たるゲームを行っている。私が行った2月初旬にやっていたのが、バレンタインキャンペーン。指定の商品を注文すると、クジを引くことができる。この時の大当たりは、「山崎×ROYCE’」「白州×ROYCE’」の生チョコレート。初めにA・B・Cの枠を自分が決め、くじを引く。例えばAなら数字の末尾1・6・9が出れば当たりで、オリジナルの景品が当たる。そして末尾が0なら大当たり!「山崎×ROYCE’」もしくは「白州×ROYCE’」の生チョコレートがもらえるのだ。 先日、あるバーで、サントリーの「モルト&ショコラプロモーション」で作ったそのチョコレートを食べた。「山崎×ROYCE’」の生チョコレートには、シングルモルト「山崎シェリーウッド」の原酒が練り込んであるだけに、チョコレートといえど、「山崎」の香りが漂う。ビターチョコレートは、ティラミス風に粉がかかっており、いかにも本格派。シェリーウッドの特徴である、甘く華やかな香りをいかすために、ベースとなるチョコレートの種類や原酒の量を少しずつ調整し、試行錯誤を繰り返して作ったものだという。だからウイスキーに合わないはずはない。しかも「山崎」とならなおさらであろう。 私はチョコレート欲しさにクジに挑戦したが、引いた数字は64。Aを選んでいたので(Bを選んでいれば、末尾が2・4・8なら当たりだったのに…)、見事撃沈!仕方なく、チョコレートとのマリアージュは諦めたわけである。
「響12年」のロックを注文し、一人でちびちび飲っていた。隣りの席を占める集団は、幸運の持ち主なのか、早くも大当たりを出したようだ。そして封を開けて、みんなでウイスキーとチョコレートのマリアージュを確認しあっている。だが、神様は捨ててはいなかった!心優しい隣客から「あなたもどうですか?」とチョコレートを回して来たのである。「これは幸い」と隣客の好意をありがたく頂戴した。偶然にも目の前には、2杯目に注文した「山崎12年」のロックがある。ということは、うまい具合にマリアージュが愉しめるわけだ。 まずは「山崎12年」を口にし、次に「山崎×ROYCE’」の生チョコレートをかじる。流石(さすが)に「山崎シェリーウッド」の原酒が練り込んであるだけに、見事にウイスキーに調和する。すると、川上さんは「チョコレートを食べてからウイスキーを飲むと、口内にその甘さが濃く残るでしょう。山崎と山崎だから当然の如くケンカはしませんからね」と話しかけてくれた。そう思って味を噛みしめると、ウイスキーの口当たりがさらに甘く感じられるようだ。 川上さんの話では、難波という街中にあるせいか、時折り外国人客が訪れることもあるらしい。彼らが決まって注文するのは「山崎」。その理由を聞くと、「日本へ来ると、安く飲めるから」だと言う。私達が外国へ行った時、その国のお酒を注文するのと同じ論理だろう。「最近は諸外国でジャパニーズウイスキーの人気が高まっているようですね。ジャパニーズというと、以前は貶(けな)したような呼び名だったのですが、サントリーなどが頑張ってきた結果、今ではいいウイスキーの代名詞にもなっているらしいですよ」。そう川上さんは説明しながらウイスキーを注いでいる。どうやら隣客も「山崎12年」とのマリアージュを愉しもうとしているようだ。「世界的にも名の通っている『山崎』を作っている山崎蒸溜所は日本初モルトウイスキー蒸溜所。その味を長年、保ちつつ、さらにパワーアップしています。まさに世界でも通用する味ですよ」と川上さんは言う。そして「個性派の『ボウモア』と合わしても面白いですね。特に『ボウモア』が苦手だという人は、チョコレートと合わせると、そのヘビーさがまろやかに感じられるんですよ。本当に味わいが変わるんです」。 そんなことを聞くと、次は「ボウモア」を試したくなる。しかし、隣客にこれ以上もらうわけにはいかない。かといって「山崎×ROYCE’」の生チョコレートはない!考えた末に発した言葉が「白州をもう一杯」。「白州」を再度注文して、チョコレートを先にゲットしてから、さらに「ボウモア」へと進む賭けに出ることにした。果たして次は末尾0番が出るだろうか…。