「店は生きものである」。よくそんなことを言う人がいる。人が料理を作る飲食店を指すのだろうが、私にとってはそのフレーズがバーの形容のように聞こえて仕方がない。バーの個性は、バーテンダーによって決まる。メーカーで造られたウイスキーやビールを売ることが多いからなおさらだろう。 人は年輪を重ねることによって容姿のみならず、性格も変化していく。例えば30代のマスターがいる店は、勢いと活気、やる気や理想が漲(みなぎ)っている。それに対して、50代以上のマスターがやっている店は、どこかゆったりとした落ち着きがある。それこそバーテンダーが醸し出す店の個性というものだろう。 梅田(大阪)の芝田町にある「SHOTBAR NOBU(ショットバー・ノブ)」は、今年で19年目を迎える。オープンが1993年9月29日だから、正確にいえば18年と3カ月というところだろうか。 マスターの山田伸人さんは、かつてサントリーレストランシステム(現ダイナック)で働いていた。お初天神通りにあった「酒庫風パブ・ザ・セラー」でバーテンダーを務めたり、北新地の「水響亭」では店長を務めていたりしたそうだ。くしくもこの両店は、私が何度も通っていた店。知らず知らずのうちに山田さんが提供する酒に出合っていたことになる。
山田さんは「NOBU」をオープンする時に、ピリッと空気の締まったバーよりも、どこかパブ的要素があってカジュアルにお酒を愉しんでもらえる店を作ろうと思ったそうである。なので蝶ネクタイにベストというバーテンダーさながらの格好ではなく、白シャツにネクタイという職場(オフィス)のような姿でカウンター内に立つことに決めた。「畏(かしこ)まって飲むのは、しんどい(関西弁でくたびれるの意味)でしょ」と言うが、にこやかで話し上手な山田さんにかかると、例え肩肘を張って飲んでいたとして、いつのまにか肩の力が抜け、リラックスさせられるのに違いない。これが一種の山田マジックでもある。 「NOBU」の評判が高まったのは、ジントニックの存在だ。この定番カクテルを、「NOBU」では、コリンズグラスではなく、ビアタンブラーに入れて提供している。山田さんに言わせると、「ジントニックは、爽快感が必要。ビールと同じようにゴクっと飲みたい」らしい。だから細いグラスではなく、ビアタンブラーというわけだ。 お店でジントニックを飲んだ時、たまに薄く、量もないのでがっかりすることがある。その点、「NOBU」は、40度のジンを多めに入れて、たっぷりの量で作る。ジンの度数が低い分、喉越しがいいから豪快に飲みたくなる。このような特徴を持つ定番カクテルが、酒好きにウケて有名店になっていった。だからこの店に来る人の多くは、一杯目をジントニック、そして二杯目をウイスキーと決めて注文する。
さて、私の二杯目だが、今日に限っては飲みたいウイスキーが決まっている。それは昨年11月27日に発売された「山崎ミズナラ2011」である。同商品は「山崎」の多彩な造りわけを楽しんでもらおうと、サントリーが発売した「山崎コレクション2011」の中のひとつ。「シェリーカスク」「パンチョン」「バーボンバーレル」と続き、最後に「山崎ミズナラ」が出た。「山崎ミズナラ」は、その名からわかるように日本産オークであるミズナラを用いた樽に寝かせたもの。 元来、ミズナラは材質的に漏れやすく、樽材に使いにくいといわれていた。それをサントリーが苦労して選別し、新樽を作ったそうだ。しかし、クセの強い木香をウイスキーにつけてしまい、初めは美味しいものができなかったと聞いている。山田さんも「若い時にはダメだったと伝え聞いていたんで、2010年に『山崎ミズナラ』を発売するとアナウンスされた時には、いったいどんな味のウイスキーができるのだろうと期待は高まっていました」と語っている。
時というものは恐ろしいもので、若い時にダメだったものが、よもや考えも及ばぬほどの成長を遂げることがある。よくベテランになって演技力が評価され、いぶし銀のような演技をする役者がいるが、この「山崎ミズナラ」もそんなような感じではなかろうか。二度、三度と熟成に用いたミズナラ樽は、やがて香木の伽羅をも思わせる、オリエンタルな香りを有す原酒を育むことになる。 「これがミズナラの木の個性かもしれませんね。他の樽材と比べて円熟味を出すのに時間がかかるんでしょう。まさに時がたって計算外の効果が出たとでもいいましょうか…」。山田さんは、こんなふうに話しながら「山崎ミズナラ」を提供してくれた。 ここで少し説明しておくが、「NOBU」では1ショットが30mlではない。気持ち多めにグラスに注いでくれる。「ジガースタイルというと、それが当たり前になるから嫌なんですよ。うちでは30ml+α、そのα分が嬉しいでしょ」と山田さんは言う。よく和食店で升(ます)の中にグラスを入れ、そこに日本酒を注ぐ時に、グラスからこぼしてくれる店がある。その升にこぼれた分が山田さんのいうウイスキーでの+αらしい。 「山崎ミズナラ」は、口当たりがなめらかで、甘い味がする。そしてその余韻は他の酒とは比べものにならぬほど残る。「2010年に発売されて初めて口にした時にかなりの感動を覚えました。お世辞抜きに凄いなぁ〜って思ったんですよ」。このように山田さんは「山崎ミズナラ」の印象を語るが、こんな言葉を発しているのは彼だけではない。有名なバーテンダーが、全て口を揃えてその味を絶賛しているのだ。
現に「NOBU」では、出て間もないのにすでに何人かが飲んでいた。その人達が全て「感動した」と言っているのである。私自身も一昨年(2010年)に初めて飲んだ時、もうこの一杯だけで帰ろうと思ったものだ。その後、他の酒を口にしてこの旨さの印象を失いたくはないと思ったからである。そのことを山田さんに話すと、「まさにそうですよね。印象がずっと口内に残っている。他のものにいこうという気がしない酒です」と返ってきた。そして「香りのいいこの『山崎ミズナラ』は、度数があってもその強さを感じさせません。本当にトゲトゲしさのない円熟感がありますね。そして飲むと喉の奥から温かいものが広がってきます」とも話してくれた。 私がこれ以上、文字を連ね「山崎ミズナラ」の味を表現したところで、本当の良さは伝わらないだろう。百聞は一見にしかずというが、一度は飲んでみると、凄さがわかってくれるはずだ。ただ「山崎ミズナラ」は決して安いものではない。ショット売りでもそれなりの額を支払わなければならない。「NOBU」では、その手の高い酒は、ハーフショットで提供することもあるそうだ。量もハーフだが、価格も半分なので、試したいという人は「ハーフショットを」と山田さんに告げるのもいい。但し、この酒は限定品で、しかも一軒のバーに割りあてが決まっている。だから沢山あるわけではない。ぜひこの味を堪能したいという人は、早めにバーに行き、飲むべきだろうとお節介ながらも思ってしまう。 年を重ねるにつれ、酒は旨くなる。その言葉を「山崎ミズナラ」が教えてくれている。そして「時代とともに進化してきた」という「NOBU」と山田さんも今や円熟期を迎えつつある。ウイスキーも、店も、人もいい意味で熟していく。そんなことを思ってしまった一日であった。