「噂のバーと、気になる一杯」(以前は「BARのトレンドを読み解く」だった)というタイトルで、バーのことを書いていると、よく知り合った人から「○○○といういい店があるので一度行ってみては…」と薦められることがよくある。今回訪れた「セラ・アンフィニィ」もそんな一軒。グルメな私に「旨いものが味わえて、美味しい酒が飲める」と知人が教えてくれた。そういえば、フードが充実したバーが脚光を浴びている。この現象を某料理人は「バー1軒で、全てを済ませてしまうなら、こちらは商売あがったりになる」と嘆いていた。 噂の「セラ・アンフィニィ」は、北新地(大阪)にある。御堂筋から滋賀銀行のある通りを西へ折れ、少し歩いた所に位置している。この店は、“食べて飲んで楽しんでもらう”ことを目的に作られた。いわばレストランバーの類。かつて北新地の有名バーだった「酒司川口」(今は弟子の前田さんが引き継ぎ「酒司前田」として営んでいる)のオーナーの川口一明さんが「酒だけではなく、料理も充実したバーを」との思いで1990年にオープンしていた。すでに18年にもなるのに、不思議と色あせておらず、昨今流行りのムードも十分持っている。 現在は、一明さんの子息である川口一成さんがオーナー。ことにバーはバーテンダーの人柄が出るところが大きい。だから引き継ぎが難しいともいわれているが、この店に限っては父子二代の継承がうまく運んでいる。川口一成さんの話では「逆に応援してくれている」とのこと。但し、常連客からは「昔は堅いバーのイメージを持っていたが、今は柔らかくなったね」という言葉も聞かれるらしい。その点も川口一成さんは「どうも父の性格からか、この店は緊張感があったらしい。父とはキャラクターが正反対なので、私になってからは、ほんわかしたムードを漂わせています」と話していた。そのせいでもないだろうが、4〜5時間滞留する人もいる。やはり食事が充実しているからだろう。ハシゴせずに「セラ・アンフィニィ」一軒で終わらせる人も多いという。
二代に亘って繁盛し続けているのには、いくつかの要素がある。そのひとつは、一明さんの時代とコンセプトを変えていないことだ。継いだ人は自分の色を出したいと思うものだが、この店では頑なに守っている。「うちの三大名物は、生ハムとビフカツ、スペアリブ。この3つは父親の時代から変わっていません」という言葉にそれが表れている。中でも「スペアリブ」は、かつて一明さん自らが手作りしていたこだわりの一品。ニンニク醤油で焼いたものだが、川口一成さんは「子供の頃に父によく手伝わされました。これを作ると、家中にニンニクの匂いが充満して困りましたよ」と話してくれた。 その他にも自家製の「干し肉」(1200円)も人気のメニュー。醤油、日本酒、玉ねぎ、ニンニク、生姜を合わせた漬け汁に牛モモ肉の芯の部分を一晩漬け込み、1週間風通しのいい場所で干して作る。川口一成さん曰く「ウイスキーによう合う一品ですよ」とのこと。こう話していくと、簡単な酒のアテばかりのように思えるが、そうではない。メニューに掲載されている「ハンガリー・ドナウ産空輸フォアグラとたっぷり色々キノコのソテー、ソースペリグー」や「薩摩茶美豚のスペアリブ 秘伝のにんにく醤油焼き」の商品名を見れば、その実力の程はわかるだろう。「グルメな人に行ってほしい」と推薦するだけあって、実に“美味しいバー”なのである。
このところ私は「山崎」の造り分けをよく飲んでいる。この連載でもわかるように8月30日に発売された「山崎シェリーカスク2011」を皮切りに、「山崎パンチョン2011」(9月27日発売)、「山崎バーボンバレル2011」(10月25日発売)、「山崎ミズナラ2011」(11月29日発売)と順に飲んでいこうと思っている。この「山崎コレクション2011」は、「山崎」の育んできた多彩なモルト原酒を楽しんでもらおうとサントリーが企画したもの。同じ「山崎」でも樽の違いで、こんなに味が変わるのだということが実感できる限定シリーズだ。 残念ながら私が「セラ・アンフィニィ」を訪れた時点で「山崎ミズナラ」はまだ発売されていない。そこで「山崎バーボンバレル」を注文することにした。「ロックがいいですね」と言いながら川口一成さんが取り出したのはニューボトル。光栄にも「セラ・アンフィニィ」では、私が最初に封を切った人になるようだ。 「セラ・アンフィニィ」では、1ショットは45ml(1ジガー)で提供している。グラスに丸氷を入れると、川口一成さんは「山崎バーボンバレル」を45ml注ぐ。そしてゆっくりと縦にステアする。クルクルと回しながらステアすると、丸氷の下半分が溶けてしまうからだ。「薄まらずに旨いロックを出すためには、縦にゆっくりステアした方がいいんです。こうすると、氷が満遍なく磨かれ、溶けても丸いまま残るんです」と言う。そういえば、普通にステアしたロックは、溶け出すと、丸氷がキノコ型に変化している。川口一成さんが言う「柔らかく混ざっていく」というのが納得できる。
そうしてロックで飲んだ「山崎バーボンバレル」は、その樽特有の華やかな香りと、バニラを想像させる甘い香りを発している。バーボンバレルとは、バーボンウイスキーの貯蔵に一度は使われた樽を指す。容量が180Lと小さく、樽内面を強く焦がされていることから、そこに詰められた原酒は熟成が進むにつれ、バーボン樽特有の香りを身に纏(まと)う。川口一成さんもこの酒を「シェリー樽がカラメルっぽい甘い香りを有すのに対し、バーボン樽で熟成させたものは、バニラっぽい甘い香りを持っています。ただ『山崎12年』と比較すると、香りから想像するほど甘くないですね。どちらかというと、キリッとした味かもしれません」と評していた。 川口一成さんは、今回の「山崎コレクション」を高く評価している。「昨年、4種が出る前にアナウンスした時は『樽の違いだけで、味が変わるの?』と思っていたお客様も多かったでしょうね。でも飲み比べたら『コレって全部、山崎なの?』と思ってしまうほど。私は味の違いもさることながら、4種の造り分けは、『山崎』というウイスキーの可能性を示していると受けとめているんです。樽でこれだけ味が変わるということ。それにどの樽もまとまっていますからね。サントリーの考えていることがわかったような気がします」と語っていた。 今年もその人が入荷前から「山崎ミズナラ」をキープしてしまっているらしい。でも一本だけは、飲み比べをするために川口一成さんが持っておく予定だとか。そんなことを聞くと、「なくなる前に飲みに来なくては!」と思ってしまう。私にこの店を教えてくれた人は、そのことを知っているのだろうか?そう思いながら昨年味わった「山崎ミズナラ」の味に思いを馳せてみた。