「私は田舎のバーテンダーですよ」。こんなふうに自分を紹介する人がいる。京橋(大阪)にある「Long Bar(ロング・バー)」の店主・和田弦さんである。和田さんは“田舎”と表現するが、別に郊外にあるわけではない。京阪の京橋駅片町口を出て、一本南側の道を進むと、すぐの所に「ロングバー」が見えてくる。よく大阪はキタとミナミに代表されるが、もうひとつ作るならヒガシ。京橋がそのヒガシの街となる。オシャレなキタ、エネルギッシュなミナミに比べると、京橋は雑多な雰囲気とでも言おうか、十三と並んで人情味のある街のように映る。 和田さんは、そんな京橋に生まれ、育っている。京橋出身のバーテンダーというと「Bar Leigh」でおなじみの早川惠一さんを思い浮かべるが、和田さんもそんな早川さんに憧れ、技術を磨いてきたひとりだ。自身も「18〜19歳の頃、地元にこんな凄い人がいるんだとわかり、一種の憧れを抱いた」と話している。 和田さんがこの道へ足を踏み入れたのは、吹田の小さなバー。その後、色んな店を渡り歩き、出身地の京橋に落ち着いた。独立したのは1999年。京橋駅から少し離れた内環状線沿いの静かな場所に初代「ロングバー」を構えた。「どうして郊外の店にしたんですか?」という私の質問に、和田さんは微笑みながら「私はチャキチャキとパワフルに動くタイプじゃないんですよ。あくまで自分流を貫くには、郊外の店の方が合っていたんです」と説明してくれた。
現在、和田さんは「ロングバー」の他に、地下鉄都島の駅前に「プレフェリル」と北新地に「ジム・マッキュワン・バー・ウイスキーアイランド」の2軒のバーを所有している。後者は西日本最大の歓楽街・北新地に位置するのだが、自分のスタイルとは合わないと考えたのか、もっぱら弟子の水谷麻里さんに任せているらしい。 「ジム・マッキュワン・バー・ウイスキーアイランド」の店名でもわかるように、和田さんは、ブルイックラディ蒸溜所のマスターディーラー(かつてはボウモア蒸溜所の所長も務めていた)で知られるジム・マッキュワン氏のファンである。「彼のいた時代のボウモアは凄かった。彼は叩きあげの職人っぽく、しかも人柄が実にいいんです。メジャーになると、都会に出る人が多いのですが、彼はアイラ島に残っている。そんな点が余計に惹かれるんですよ」と話している。 2008年にマッキュワン氏がたまたま京橋でセミナーを行った時に出会い、意気投合して「ロングバー」にもやって来たそうだ。その時に「新たに店を造る機会があったなら、アドバイスをください」と言った言葉を真面目に捉え、マッキュワン氏からすぐにロゴデザインが送られてきた。そうして生まれたのが北新地の店なのだ。和田さんもジム・マッキュワン氏と同様、メジャーになっても京橋を離れない。まさに土着感を持つバーテンダーだ。そんな人が大阪にひとりくらいいても面白い。
私は「ロングバー」のカウンター席に腰掛けると、一杯のウイスキーを注文した。この秋、発売された「山崎パンチョン2011」(以降は「山崎パンチョン」と表示)である。この酒は「山崎」の多彩な造りわけを楽しんでもらいたいと、サントリーが発売したもの。8月30日〜11月29日までに「山崎シェリーカスク」「山崎パンチョン」「山崎バーボンバレル」「山崎ミズナラ」の順で4種類が発売される。この限定シリーズは、ウイスキーファンに好評なのだろう、2009年から秋になると発売されている。 私が注文したのは、この中で2番目に発売された「山崎パンチョン」。パンチョンとは、ずんぐりした形の大きな樽のことで、容量は約480L。バーレルやホッグスヘッドに比べると、ウイスキーの樽材が接触する面積(容量あたり)が小さいために熟成がおだやかに進む特徴を有す。 和田さんは、この「山崎パンチョン」をロックで飲ってほしいと言う。グラスに30mlのウイスキーと丸氷が入ったそれは、「山崎シェリーカスク」ほど個性的ではない。しかし、心地よい甘みと深い熟成香がウイスキーの世界へと誘(いざな)ってくれる。「ロングバー」でもこの酒は人気が高いようだ。山崎コレクション(4種の造りわけ)の中でも他のものに初めは人気が高まるそうだが、じっくり1年かけて売っていくと、「山崎パンチョン」のリピートが最も増えてくるのだという。
和田さんは、いたって「山崎」の評価が高い。とにかくニュースピリッツが素晴らしいと言い、「基礎レベルに高さがないと、これほど旨くはならない」と話している。パンチョン樽は、シェリー樽やバーボン樽のように強い香りがつくわけではないが、サイズが大きい分、熟成がおだやかになり、ひいてはウイスキー自体の味がおだやかになるそうだ。「個性があるわけではないから、ニュースピリッツが素晴らしくないとできない」と和田さんは評す。だから他社で“パンチョン”と銘打った酒が少ないのだとも。 「シェリー樽で熟成した酒は、古い自動車みたいなものでね、実に気難しい。それに対してパンチョンはそんなところが見られず、実におだやかです。不思議とこの酒を好む人はおだやかな性格の人が多いんですよ」。よく「山崎」は、優等生的な味だと表現される。その「山崎」をパンチョン樽で寝かせるのだから、優等生の中の優等生が誕生するようなものなのだろう。2003年の「山崎シェリーウッド」発売以来、シェリー樽を使った「山崎」は、ファンに根強い人気を持つ。だから秋の山崎コレクションの発売時には、「山崎シェリーカスク」を楽しみにしている人が多い。だが、ここ数年、やわらかさや優しさを求める人が増えた分だけ余計に「山崎パンチョン」への期待が高まっているのかもしれない。 「とりあえずの一杯か、締めの一杯に『山崎パンチョン』を注文する人が多いですね。私は飲み喰いしながらなら、これが適していると薦めているんですよ。食中酒の部類では最高のウイスキーといえるかもしれませんね」。和田さんが「日本人に向いている」と称す「山崎パンチョン」は、ひとりでゆっくり飲む時にいいようだ。和田さん曰く「ゆっくり考えながら飲まないと、この酒の本当の良さはわからない」らしい。そういえば、和田さんもどこかおだやかなイメージが漂う人。それだけに「ロングバー」を訪れて、ゆっくり飲る人も多いのだろう。
ところで、和田さんのグループは、このところ快挙を成し遂げている。毎秋、「サントリーカクテルアワード」というバーテンダーが集う大きな大会がある。全国からこの大会を目指して多くのバーテンダーが出品するのだが、最終選考会に残るのはごくわずか。近畿エリアなら二人ぐらいしかいない。その「サントリーカクテルアワード」に、和田さんのチームが3年連続して最終選考会に出場しているのだ。2009年には「プレフェリル」の松村悠里さんが、2010年には「ジム・マッキュワン・バー・ウイスキーアイランド」の水谷麻里さんが、そして今年は和田さん自身が出場した(※ウイスキー部門で入選)。 木陰で一息つくイメージで作ったというウイスキーベース(響12年)のカクテル「オンブラージュ」は、新緑を感じて飲む、まったりとした味なのだとか。「強いイメージのものも出品しましたが、やはり私の個性とマッチするのでしょうか、この『オンブラージュ』の方が残りましたね」。そんなことを話す和田さんだが、カクテルもおだやかな味だとイメージできる。次回来る時は、「オンブラージュ」を飲んでみたい。そんなことを思いながら夜の京橋の街へ出て行った。