宵っ張りの街として知られる大阪・福島。路地裏には多くの飲食店が集まり、キタ・ミナミに次ぐ飲食の街として今では注目を集めている。その福島から一駅西へ行くと、少し趣が変わる。俗に“野田阪神”と呼ばれるこの街では、昔ながらの住宅地が見られるためか、飲む(食べる)所と住む所が一気に近くなったような感じがする。 少し余談になるが、野田とは不思議な街で、阪神電鉄では「阪神野田」と表示しているのに、駅前の交差点には「野田阪神」となっている。どうでもいい話だろうが、名称が逆なのだ。調べてみると、「野田阪神」なる名称は、市電のあった時代から使われている。それが地下鉄が通った今でも市電の停留所名のまま残っているそうだ。ちなみに街の名前に電鉄会社名を付けるのは関西独特らしい。この地には阪神・地下鉄・JR東西線と3つの駅が集中し、500m離れた所にはJR環状線の野田駅がある。そんな交通の要所で、今日は一杯の酒を飲みたいと思っている。 私が目的のバーに選んだのは、阪神野田駅からすぐの所にある「bar TROIS TERROIRS」(バー・トロワ・テロワール)だ。このバーが今の場所に移ったのは2008年のこと。初めは宮崎健一郎さんが営むイタリア料理店「ラ・カンティネッタ・モデナ」のウエイティングバーとしてスタートしたそうだが、バー利用者がいつしか増えたために手狭になり、この場所に独立したバーとして移ってきた。移動したとはいえ、「ラ・カンティネッタ・モデナ」は徒歩1分の距離。今でも「トロワ・テロワール」でフードを頼むと、そのイタリア料理店から運んで来てくれる。
「トロワ・テロワール」を仕切っているのは、健一郎さんの弟・宮崎和也さん。大学を出た後はスポーツ用品メーカーに就職するも、「直接、消費者と触れ合う商売がしたい」と考えてバーテンダーを職業に選んだ。宮崎和也さん自身は「特に酒が好きなわけじゃなかった」と振り返るが、いざなってみると、その面白さがわかり、次第にバーの世界へのめり込んでいった。 そんな宮崎和也さんを感動させた酒がある。それは2003年に販売した「山崎シェリーウッド」である。このウイスキーは「山崎」をシェリーの空き樽で熟成させたもの。3600本しか世に出回らなかったそうだ。バーテンダーとして仕事を始め、ちょうど2年がたった頃に宮崎和也さんは、この酒に出合っている。初めて口にした時に「なんて旨いウイスキーなんだ!」と思い、まさに「頭から稲妻が走って全身をぶち抜かれたようだった」と表現する。 今でこそ、濃い色をしたシェリー樽仕込みのウイスキーは出回っているが、2003年当時は珍らしかったらしい。初めてボトルを目にした時に「明らかに普通のものとは違う」と感じ、飲むと「その衝撃が大きかった」と話してくれた。そして宮崎和也さんは「山崎シェリーウッド」に出合うことで、「もっとバーテンダーの仕事を頑張ろう」と意を強くしたそうだ。
宮崎和也さんが衝撃を受けてから8年の歳月が経ち、「山崎シェリーウッド」の系統ともいえる酒がサントリーから出ている。厳密にいうと、2009年から限定品として発売されている山崎コレクションのひとつだが、この中にある「山崎シェリーカスク」には、宮崎和也さんを虜にした味が隠されている。 この秋、サントリーから4つの「山崎」が発売される。世界でも類を見ない多彩な原酒のつくりわけを楽しんでもらおうと、サントリーが限定カスクコレクションとして発売したものである。 8月30日に発売された「山崎シェリーカスク2011」(以降は山崎シェリーカスクと表示)は、「山崎」の原酒をスパニッシュオーク製のシェリー樽に詰めて熟成させている。ホワイトオーク製に比べると、タンニンなどが多く溶出し、赤みの強い濃厚な香りのモルトになる。スパニッシュオーク由来のバランスのよい甘みや酸味、凝縮されたリッチな果実香を有すウイスキーになっている。 宮崎和也さんは、この酒を「今までスタンダードなウイスキーしか飲んだことのない人にこそ試してほしい」と言う。そして「飲むのならストレート。もしくはトワイスアップで飲んでほしい」と主張する。なぜなら水が加わることで、ほろ苦さが勝ってくれるからだ。なので、「例えロックで注文しても、氷が溶ける前に、飲む方が旨い」と教えてくれた。 私は宮崎和也さんに薦められるままにストレートで飲むことにした。グラスに45ml注がれた「山崎シェリーカスク」は、いつもの「山崎(山崎12年)」より甘く感じた。ウイスキー初心者が何の説明もなく飲んだら「もしやブランデーでは?」と思ったかもしれない。宮崎和也さん曰く「それくらい味の違いがはっきりわかるウイスキー」なのだそう。「だからスタンダードしか飲んでいない人にぜひとも味わってほしい」と力説する。 「シェリー樽は高価な樽です。その分、違う味だと発見できる。『パンチョン』や『バーボンバレル』なら、そうはいきませんが、『山崎シェリーカスク』は目隠ししてもシェリー樽だとわかりますよ」。ただ、私が甘いと感じた味も飲み続けていくと、ほろ苦さが見つかるのだという。そのほろ苦さに気づいて、はまる人もいれば、逆に敬遠する人も出てくるそうだ。「トロワ・テロワール」では、はまっている人の方が多いのか、「甘いね」「チョコレートみたいだね」などと言って、やたらとコレを注文する人がいる。そして宮崎和也さんとそのお客さんたちの結論が「甘さとほろ苦さのバランスがいいウイスキー」となっている。
宮崎和也さんは、かつて「山崎シェリーウッド」を飲んだ時の衝撃が忘れられず、一昨年にこの「山崎シェリーカスク」が出ると知った時点ですぐに注文した。しかも、お客さんに「ぜったい旨いから」との保障を付けて。宮崎和也さんは、今秋発売された「山崎シェリーカスク」のボトルを見ながらこんなことを言う。「今はハイボールブームで『角瓶』や『トリスエクストラ』を飲む人が多いでしょう。そして彼らは次に『山崎』や『白州』を試す。それなら、もう1ランク上の『山崎シェリーカスク』まで絶対に辿り着いてほしい。このウイスキーは、必ず次の世界への扉を開いてくれるはず。まさに人を惹きつける味を持っているんです」と。 初めに“甘い”と感じた舌が、次第に“ほろ苦さ”を受け入れ、飲み続けるに従って「山崎シェリーカスク」の持つ複雑な味の虜になっていく。かつて宮崎和也さんが感じたものと同じように…。 そう思いながら「山崎シェリーカスク」を飲んでいると、これほど食後にぴったりなウイスキーはないのでは…とさえ思うようになる。「サントリーは、シェリー樽の使い方がうまいから」と言う宮崎和也さんの説明も何となくわかるような気がした。 宮崎和也さんを虜にした「山崎シェリーウッド」が宮崎県の酒屋で一本だけ眠っていたそうだ。それを今年知ってインターネットで注文したのだとか。「私にとってこの酒は思い入れが強い酒。2003年の発売なので、よもやあるとは思っていなかったんですが、宮崎にあったんですよ」と頬を緩める。 「日本でもこんなウイスキーがつくれるんだ!」と驚いたというその酒との出会いがあったればこそ、「テロワ・トロワール」の今日がある。そんな話を聞きつつ、「山崎シェリーカスク」を味わっていると、宮崎和也さんの思い出まで飲み干しているようで、なんとなく嬉しくなってしまった。