今週は大阪駅近くにある立ち呑みのバーにはまっている。長引く不況が影響しているのか、それとも立ち呑み自体が充実してきたのかわからないが、とにかく今は立ち呑みがアツい!繁華街は当然ながら住宅地でもその手の店がオープンし、どこも活況を呈している。その余波は当然ながらスタンディングバーにも来ている。私が今週、毎日のように通っている「セブンシーズ」は、JRの高架下にあることから、JR大阪駅にも阪急梅田駅にも近いとあって、立ち呑みのブームが来るずっと以前から流行っていたバーだ。 オープンは1977年。ヨットの仕事をしている加藤木さんが友人を訪ねた時に、シドニーで入ったパブが気に入って、34年前にオーストラリアンパブの名目でスタートした。さすがにカウンターは、年輪が窺える。最近オープンしたバーには出そうとも出せない、どこか好々爺然とした雰囲気が店全体に漂っている。店長の大嶌剛司さんによると、37年前と全然変わっていないらしい。オーストラリアンパブをモチーフにしたらしく、大阪らしさ漂う新梅田食堂街にあるにも関わらず、どこか外国のスタンディングバーを思わすかのよう。カウンターの足元にある灰皿も日本の店にはないスタイル。タバコを飲(や)り、灰を足元へと捨てる様はまさに外国の店を彷彿させる。常連の顔を見ていると、オープン時から通う70歳代の人から若い女性まで。さすがは駅近の立ち呑みバーといった感じだ。中には20年前に来たことがあるという人がふらっと訪れて「ここは変わらないから、いいねぇ」なんて言いながら一杯ひっかけることもあったそうだ。
オープン当初から変わったこともあるにはある。それは1994年からハッピーアワーを設けたこと。この店は16時半から開いているのだが、18時までの1時間半内には通常の100円引きでお酒が楽しめる。このメリットをいかして常連さんは早くから来て一杯飲(や)って行く。2階部分は18時〜19時までがハッピーアワーになっていることを最大限利用し、時には1階で飲んでいても、18時になると2階へ上がって行き、さらに割安で楽しむ人もいるという。まさに早がけから一杯飲(や)れる人には天国なのだ。 汗をかきかき、駅まで来た私は、その暑さから「セブンシーズ」に寄らずにいられなくなった。まず、誘われるままにビールを一杯。そして、最近気に入っている「ザ・マッカラン・ファインオーク」のハイボールを二杯目に注文した。加藤木オーナーが美味しい酒をチョイスして楽しんでほしいとの思いから始めたこの「セブンシーズ」では、シングルモルトがリーズナブルに設定されている。オーナー自身、シングルモルトが好きで、バーテンダーの大嶌さんもそれを薦めることが多いらしい。 「こんな暑い日は爽快感を求めてハイボールを飲みたい」と言うと、大嶌さんはグラスに角氷を4〜5個入れ、「ザ・マッカラン・ファインオーク12年」を30ml注いだ。それをソーダ90mlで割り、炭酸が飛ばないように軽くステアして出してくれたのだ。「シングルモルトは個性が際立っていて面白いですね。造った時からちょっとずつ変化する。その変化する様が面白いんですよ」と言う。
「ここだけの話ですが…」と大嶌さんは声を小さくして語りかけてくる。「以前の『ファインオーク』はソーダ割りにすると、少し頼りない印象があったんですよ。でも今の『ファインオーク』はコクがあって、味がしっかりしています。ソーダで割ると、甘みとコクが強調されて旨さが引き立つようです」。この店に通うウイスキー通による評価でも「ザ・マッカラン・ファインオーク」は上々のようで、「ハイボールにした場合、以前のものより美味しくなった」との評を誰もが発するらしい。まさにハイボールのための「ザ・マッカラン」というところか。 このようにバーテンダーである大嶌さんに酒のことを教えてもらいながら少しだけ飲(や)って帰るのがいい。大嶌さんもこちらの話を聞きながら「何となく、世界が広がったようです」なんて感想を述べてくれる。この店へ来て9年目を迎える大嶌さんだが、その昔は車の整備工をやっていたらしい。180度転換してサービス業に就いた時、環境の変化についていけず、半年で8kgも痩せたのだと言う。それでも駅近のこのバーで働いているうちに色んな人に出会い、世界が広がったことで、バーテンダーとしての仕事が楽しめるようになったのだそう。駅近ゆえに色んな人がたむろするバーは、情報のるつぼといっても過言ではない。
月曜日にこのバーで「ザ・マッカラン・ファインオーク12年」を味わった私は、火曜日に「ボウモア12年」を、さらに水曜日には「ラフロイグ10年」をそれぞれハイボールにして味わって帰った。この2つのウイスキーはアイラ島で蒸溜されたもので、どちらかというとクセがある。そのクセも私はわりと好きなのだが、大嶌さんに言われるままにそれをソーダで割って飲んでみた。大嶌さん曰く「クセがある『ボウモア』と『ラフロイグ』は、逆にソーダ割りにすることで飲みやすくなる」らしい。少し甘みが出て、美味しいのだと話す。 オーストラリアンパブらしく「ミートパイ」や「フィッシュ&チップス」をアテに飲(や)るのもいいが、私のお気に入りは何といっても「自家製レーズンバター」。大嶌さんがバターを溶かすことから始め、レーズンなど具材を入れてクラッカーで挟んで作るそれは、クセになる味。市販のものよりバターが濃いように思えるが、さにあらず。クラッカーが中和してくれ、実に美味なのだ。濃厚なバターの味とレーズンの甘さが舌に伝わりながらも塩分が後から追いかけてくる。酒のアテとして実にフィットする。
週末となるこの日は、何をチョイスすべきかと悩んでいると、大嶌さんが「今日は『バルヴェニー12年』でもどうですか?」と聞いてきた。サントリーが今夏行っていた「TRY WHISKY!!サントリーウイスキーラリー2011」では、「ザ・マッカラン・ファインオーク12年」「ザ・マッカラン12年」「ボウモア12年」「ラフロイグ10年」「グレンフィディック12年」「山崎12年」「白州12年」「響12年」のラインナップの他に、その店のお薦めのウイスキーが2つ入ることになっている。その2つのうち、大嶌さんは「バルヴェニー12年」をウイスキーラリーの酒として薦めているのだ。 「うちはダブルウッドの方を置いているんです。これを薦めると、ウイスキー好きは珍しがって注文するんですよ。ダブルウッドはオーナーのこだわりなんですが、シェリー樽とオーク樽で熟成されたこの酒は、樽の香りが実にいい。クセはないので万人向けですかね」。そう話しながらハーフロックで「バルヴェニー」を提供してくれた。 今日はビールと「バルヴェニー」だけやって帰ろう。そう思いながらウイスキーラリーのカードを見ると、今週ですでに4つの印が押されている。「これで4種コース完了ですね」とにっこり笑う大嶌さんを見て、「来週も来るから8種コースに挑戦するわ」と言いながら扉を開けて店を出た。まだ8時にもならないこの時間、家に帰って食事を済ませ、お気に入りのドラマが観られる。こんな特典も、この駅近のスタンディングバーにはある。