曽我和弘のBARのトレンドを読み解く!

酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。

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“嵐”と名づけられた柔らかな酒
大阪府・梅田
BAR HARBOUR INN(バー・ハーバー・イン)

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BAR HARBOUR INN(バー・ハーバー・イン) 写真

アイラ島に縁りのあるバー

「ボウモア」が好きなら、ぜひとも訪れてほしいバーがある。大阪・梅田、新阪急ホテルを中津方面の出口から出て、信号を渡る。ギャザ阪急の裏手の道をまっすぐ行ったところに「バー・ハーバー・イン」は位置している。 このバーの店名ともなっている「ハーバー・イン」は、スコットランド・アイラ島にある宿。アイラ島最古といわれるボウモア蒸溜所のインフォメーションセンターのすぐ前に建っており、かつてはスコット・チャンス氏が営み、家族経営の温かみの感じる宿としても評判を取っていたようだ(現在は、レストランも併設して大きくなっている。経営はニール氏の代になっている)。その宿に「バー・ハーバー・イン」の店主・藤田敏章さんが泊まったのは1996年のこと。当時、藤田さんはまだ独立しておらず、阪急三番街にある「アルポンテ」でバーテンダーを務めていた。その藤田さんがアイラ島にあるこの宿の雰囲気をいたく気に入り、「全ての人を温かく迎える、海辺の町にあるようなバーを作りたい」と、その名を付けた。

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96〜97年にかけては、藤田さんにとって忘れられない年になっている。4月にスコットランドの旅から帰り、10月には「サントリー ザ・カクテル コンペティション」(現サントリー ザ・カクテルアワード)の最終選考会で上京。見事、その大会にてカクテル・オブ・ザ・イヤーを受賞したのである。その褒賞としてヨーロッパへ研修旅行に出かけたわけだが、そこで、同行した人から「もし独立することがあれば、バックアップしますよ」との言葉をかけてもらい、独立に踏み切った。 そして藤田さんは、97年に独立し、梅田の地にバーをオープンする。店を開く際に、かつてアイラ島を旅した時の良いイメージが忘れられず、泊まった宿の名を冠しようと決めた。サントリーの社員の方が藤田さんの思いを英訳し、藤田さん自らがスコット・チャンス氏に手紙を送ったわけだが、すると氏から「いいよ」と快諾の返事が来たそうだ。藤田さんは、せっかくスコット・チャンス氏が快く引き受けてくれたのだからと、スコットランドまで紙粘土を送り、彼の手形を押してもらうことにした。スコット・チャンス氏から送られてきた手形は、真鍮に収められ、現在「バー・ハーバー・イン」の扉に使われている。2002年には、実際にスコット・チャンス氏がこの店へ訪れている。京都で終了するツアーを延長し、一家で大阪まで足を伸ばして来店したのだ。「彼は、自分の手形が収められたバーの扉を喜んで、その手を合わせていました」と藤田さんが語ってくれた。このアイラ島と梅田という、かけ離れた地での友情が、「バー・ハーバー・イン」には宿っている。だから酒を愉しむ我々でさえ、不思議と温かみを感じるのだろう。

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スモーキーさに郷愁を覚える

せっかく「バー・ハーバー・イン」に来たのだから「ボウモア」が飲みたいと思い、藤田さんにその旨を伝えると、「これでも飲りませんか?」と一本のボトルを出してくれた。そのボトルは、「ボウモア10年・テンペスト」と記されている。2月22日にサントリーから発売されたシングルモルトである。藤田さんによると、現地では2009年ぐらいにすでに出ていたものらしい。しかし、日本には安定して入って来ておらず、今回サントリーから発売されたのは、全世界で限定12000本の一部だとか。スモールバッチと記されているから、何樽かを厳選してボトリングしたようだ。2月にボウモア蒸溜所のディビット・パティソン氏のセミナーがあり、そこでは「テンペスト」を毎年リリースしていくと話していたそうだ。藤田さんの推測では「バッチNo.1と書かれているので、No.2、No.3と発売していくのでは…」とのことだった。 藤田さんが「ぜひともストレートで」と提供してくれた一杯は、バーボンカスク由来のバニラ香が漂うもの。55度もある強さからか、飲むと舌に甘みを感じる。「このお酒は、『ボウモア』特有のソルティな感じと、ふくよかな感じがうまく出ています。非常にバランスがいいウイスキーですね」と藤田さんは評していた。

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このバーは、「ハーバー・イン」の名前をもらっているだけあって、壁、看板、コースターと、いたる所に「ボウモア」の名が書かれている。店奥の壁は、海辺を彷彿されるように岩を模しているのだが、その岩には各国のコインが挟まれている。最初にコインを挟んだのが、なんと、かつてボウモア蒸溜所の所長だったジム・マッキュワン氏なのだ。 「私は新潟の出身で、藁(わら)の匂いを嗅いで育ったんですよ。スモーキーな酒を飲むと、秋深い頃に藁を燃やした匂いを思い出します。そんな郷愁があってか、アイラ島は懐かしい匂いが漂っていました」。1996年にアイラ島に旅した時にボウモア蒸溜所のマッキュワン氏らに親切にしてもらったこともあって、このバーのメイン商品を「ボウモア」に定めたのだという。 そんな話をしてくれた藤田さんだが、90年代半ばに販売されていた「ボウモア」はあまり好きではなかったようだ。試しに私もその時代の酒を飲ませてもらったが、香りがどうも今とは違っており、どこか化粧品のような香りがしていた。「それが今から2代前のボトルです。だから私が行った頃の酒は正直好みではなかったわけです。でも昔から『ボウモア』のファンだったので、オープンする時にはそれを主にしたんですがね。オープンして今年で12年ですが、今では堂々とその味を薦めていますよ」。 藤田さんの話では、アイラ島は、スモーキーさを強調した酒が目立つとか。島の南側に位置する3つの蒸溜所の酒は、ことにその色が強い。しかし、「ボウモア」に限ってはそうではなく、ほどよいスモーキーさと柔らかな舌ざわりがすると話している。今回私が飲んだ「テンペスト」は、「昔のような感じがうまくいきている。まさに『ボウモア』のいいところが出ましたね」と言っていた。 そう言われて、飲みかけのグラスを鼻のところに持っていくと、バニラ香がすっと立った。「この酒は、薄めすぎない方がいい。ストレートもしくは、少しの水を加えて飲むのが美味でしょうね。だから当店では、チェイサーではなく、加水用として水を添えることにしているんですよ」。

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藤田さんが「ボウモア」を愛している証拠に、96年のNBAの全国大会に、「ボウモア」を使ったカクテルで、関西代表として出場している。「シーガル」と名づけられたこのカクテルは、ホワイトラム(20ml)、ボウモア(10ml)、ホワイトキュラソー(15ml)、ライムジュース(15ml)、ホワイトミントリキュール(1ダッシュ)をシェイクして作ったものだ。シーガルとは、カモメの意味で、昔は「ボウモア」のラベルにカモメが描かれていたことと、蒸溜所近くでカモメが飛ぶ情景をイメージして、そう名づけられた。 「私はこれまで5回アイラ島を訪れているのですが、いつも決まって蒸溜所巡りで終わります。現地でどのように飲まれているのかは、現地のバーへ行くのが一番。それを視察して来て、この店で伝えるのがバーテンダーの役目だと思っているのです」。ファーストフィルバーボン樽で、10年以上熟成されたものを厳選し、ボトリングしたのが、この「テンペスト」だ。藤田さんは、そのボトルを眺めながら「海側に建つ熟成庫の酒を厳選したそうですよ」と話してくれた。テンペストは、嵐や暴風雨を意味する。もしかしたらNo.1ボルツと呼ばれる熟成庫に波がぶち当たる様を想像して、その名がつけられたのかもしれない。ただ私の口の中に漂う「テンペスト」の余韻は、嵐ではなく、あまりにも優しい。

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BAR HARBOUR INN(バー・ハーバー・イン)

お店情報
  • 住所大阪市北区芝田1-3-7 マルシェ芝田3階
  • TEL06-6371-8009
  • 営業時間17:00〜翌1:00
  • 定休日日曜・祝日
メニュー
  • ボウモア10年・テンペスト1260円
  • ボウモア12年840円
  • ボウモア15年ダーケスト1260円
  • ボウモア18年1575円
  • ラフロイグ10年1050円
  • 山崎12年1260円
  • 白州12年1260円
  • シーガル1050円
  • ベルエール1260円

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