私がイメージするバーのマスターといえば、ちょっと渋めの男性で、あまり語らず、かといって会話にすっと入ってくる、そんな粋な雰囲気を持つ人である。しかし、昨今はものごとが多様化してきたのか、女性バーテンダーが目立ってきた。彼女達が立つ店は、やはり男性バーテンダーと違い、どことなく柔らかな雰囲気が漂っている。 私が水谷麻里さんの存在を知ったのは、昨秋開催された「2010 サントリー ザ・カクテルアワード」のときである。水谷さんは、このコンテストで最終選考まで残っており、壇上にて「トロイメライ〜やさしい気持ち〜」なるカクテルを作っていた。その凛とした姿がとってもかっこよく、バーの世界で女性進出が当たり前になっているのだと再認識した次第である。
そんな水谷さんが店長を務める「ジム・マッキュワン・バー ウイスキーアイランド」にたまたま行く機会に恵まれた。水谷さんの店は、北新地(大阪)でも便利な場所にある。国道2号線から入り、「スエヒロ」の角を東へ曲がって数十歩ほど。京屋ビルの東端にその店名が記された扉があった。 店内は英国風のパブを彷彿させるもの。水谷さんの師匠にあたる和田弦さんが2008年6月にオープンさせ、運営を水谷さんに託した店である。そもそもこのバーがオープンすることになったのは、ひょんなきっかけがあったからだ。2008年に京橋(大阪)でウイスキーのセミナーが行われた。その時にゲストとして招かれていたのがジム・マッキュワン氏。彼はボウモア蒸溜所の所長を務めた人物で、現在はブルイックラディ蒸溜所のマスターディスティラーとして活躍している。そのマッキュワン氏と和田さんがセミナー後に意気投合。和田さんが営む「ロングバー」にも氏が遊びに来て、何杯か飲んだという。和田さんは氏にバーテンダーの思いを語っていると、よほどその気持ちが通じたのだろう、後日、マッキュワン氏からサイン入りのロゴデザインが送られてきたそうだ。そのマッキュワン氏の熱い思いを受けとめたくて、和田さんはそのロゴを冠した店を北新地にオープンさせた。それが「ジム・マッキュワンバー ウイスキーアイランド」なのだ。
カウンターでオープン秘話を聞きながらちびちび飲っていると、水谷さんが「ボウモア10年・テンペストを飲んでみませんか?」と言い出した。「ボウモア」は言わずとしれたアイラ島で造られているスコッチウイスキー。海抜0mの貯蔵庫で熟成されたそれは、“アイラモルトの女王”とか“ベストバランス・アイラ”と称されている。 私の友人で、料理研究家の藤本喜寛先生(元辻学園TEC日調の西洋料理教授)は、この酒が好きで、事務所に行くと、その空き箱が何箱も並べられている。そんなこともあってか、私も「ボウモア12年」や「ボウモア18年」をよく飲むことがある。水谷さんは「このウイスキーは、2月22日に日本で限定発売されたんですよ」と言ってボトルを差し出した。 「ボウモア10年・テンペスト」は、ファーストフィルバーボン樽で10年以上熟成させた原酒を使用している。アルコール度数が55.3%もあって、ちょっと強めのウイスキーだ。何でも全世界で12000本しか販売していないそうで、そんな限定品なら飲まぬ手はないと早速、注文した。 「当店ではお客様の好みの飲み方で提供しているのですが、一度ストレートで飲ってみてください」。そう言って出された「テンペスト」は、明るい夏のような黄金色を放っている。飲むと、シトラスのような柑橘系の味わいがし、その余韻が長く続く。アルコール度数が高いからか、甘さを感じやすく、個性的な中に華やかさを宿しているように思える。「ストレートで飲む経験が多い人は、甘みを感じるかもしれませんが、いつも水割りやソーダ割りで飲む人には、舌に直接当たりすぎて、味がわかりにくいと言いますね。だから少し加水して提供することもあるんです」。そう話しながら水谷さんは私のグラスに5mlぐらい水を加えてくれた。すると、ストレートで飲む時よりも華やかな香りが増している。舌に当たる感触も柔らぎ、爽やかな余韻が漂ってくる。
「最初はストレートで出して、こうしてちょっと水を足して楽しんでもらうんですよ。いわば遊びのひとつですね」。水谷さんの話では、加水しすぎると、水ぽくなるので、ほんの少しだけ加えるようにしているそうだ。「こうして香りの立ち方の違いを楽しむのも面白い」と水谷さんは言う。 いたずら心に「ボウモア12年」との違いを感じたくて、同じようにストレートに加水して出してもらった。「テンペスト」の方がアルコール度数があるからだろう、「ボウモア12年」を飲むと薄いような感じがする。水谷さんもこの遊びにつきあいながら「ボウモア12年が40度に対し、テンペストは55度もあるからそう思うんですよ。アルコール度数がしっかりあるから、よりふくよかな甘みが感じられるんです」と解説してくれた。水谷さん評では、このウイスキーは蒸溜所のいいところが出ているとのこと。このバーのお客さんでも「素直に美味しいね」と言って即お代わりした人がいるらしい。 水谷さんは「ボウモア」を、女性らしい酒だと評している。華やかで、穏やか。味わいに個性があって、優しさも有していると高評価を与えている。だからだろう、2月にあった「ボウモア」のセミナー後に同店では「ボウモア フェア」を実施した。今回の「テンペスト」を始め、12年、18年、25年とラインナップしているのだ。
水谷さんが「ボウモア」を愛している証拠として面白いものを見つけた。それは「ボウモアサンセット」なるオリジナルカクテルである。このカクテルは、「ボウモア12年」をベース(30ml)に、苺を2個ブレンダーにかけ、グレナデンシロップ5mlとレモン果汁3〜4mlを加えて、フローズンにする。仕上げにアイスクリームを載せて提供するのだという。「初めは『ボウモア』の味が利いているんですが、アイスクリームと混ぜると、すっとその風味が隠れるんですよ」。このウイスキーには、ベリーぽいものが合うのだろうと思って作ったらしい。フローズンにすると、ふわっと薫風がくると水谷さんは表現する。さらにその薫風をアイスクリームがコーティングしてくれるとのことで、その発想がいかにも女性っぽいなと思ってしまう。 実はこのカクテルを、ボウモア社のブランドアンバサダー、ディビット・パティソン氏が味わったことがあるらしい。そして彼はその味わいに感動したのか、「ボウモアサンセット」なる名前を贈った。水谷さんの話では、「ボウモア」ベースのカクテルで、柿を使ったものもあるとのこと。これも「ボウモア」と柿の味が合うのではと思って作ったそうだ。聞けば、名前はまだついていないという。それに柿を使うので、秋までお預けだとか。 そのカクテルは、半年後の楽しみにするとして、もう一杯「テンペスト」を飲むことにした。テンペストとは、嵐や暴風雨の意味である。スコットランド特有の曇りがちの空の下、海に面したボウモア蒸溜所の風景をふと想像した。風の強い日は蒸溜所に波が当たり、ワカメが空を舞うと聞いたことがある。テンペスト=嵐の日の絵を勝手に想像し、私は土っぽいスモークのある「ボウモア10年・テンペスト」を楽しんだ。