一度、名古屋に飲みに出かけたいと思っていた。名古屋は仕事では行くものの、プライベートではこのところ行っていなかった。新幹線を使うと、大阪からは約1時間。時間的なことだけでいえば、京阪神間で飲むのと少しも変わらない。特にJR名古屋駅に直結した「名古屋マリオットアソシアホテル」ならなおさら。駅から外れた京の町中で飲むよりは、時間的には近いかもしれない。 なぜ「名古屋マリオットアソシアホテル」を例に出したのかには理由がある。このホテルのメインバー「エストマーレ」で働く福手進介さんの作るカクテルをゆっくり飲んでみたいと思っていたからだ。福手さんは、昨秋催された「2010 サントリー ザ・カクテルアワード」のウイスキー部門で最優秀賞に輝いている。彼が作る「MIYABI(ミヤビ)〜雅〜」なるカクテルは、うまく「響12年」の味を醸した一杯だとの印象を与えていた。当日も試飲したのだが、ごったがえした衆人の中でとり急ぎ飲んだので、一度ゆっくり味わってみたいと常々思っていたのだ。 前述したように「名古屋マリオットアソシアホテル」は、JR名古屋駅コンコースのJRセントラルタワーズと呼ばれる高層ビルにある。駅に直結したホテルは全国にいくつかあるが、私の知る限りでは、たぶんトップクラスではなかろうか。私も名古屋を訪れた際には、何度か宿泊したことがあるが、地上52階と聳(そび)えるタワーからの眺めが何とも印象的だった。 今回、私が訪れたメインバー「エストマーレ」は、15階のフロアに位置していた。このホテルには泊まったことがあったが、実はバーに足を踏み入れるのは初めてだった。国際的シティホテルを自負しているだけあって、バーの雰囲気は、落ち着いた趣があり、重厚と思えるような設えになっている。そこのバーカウンターにすっと姿勢よく立っているのが福手進介さんだった。
「福手さんのカクテルを飲んでみたくて…」と声がけした私に、彼はにっこりと微笑んでくれた。ホテルのバーテンダーらしく、うまい距離感を保ちながら接している。福手さんの話では、「学生時代にこの仕事に就くなんて全く想像してなかった」そうだ。大学を出て、一般企業に就職したのだが、色んな思いもあって、そこを辞したのだという。その後、遊んでいても仕方ないので、岐阜にいる叔父さんの所(ダイニングバー)で店の手伝いをしていた。その時に叔父の山口さんを慕って人が集まる風景を目にし、バーテンダーとは人として魅力をつけなければいけない職業だと認識を深めたと言う。そして福手さんは、人間力を身につけるために海外へ旅立つ。バックパッカーとしてシルクロードを歩いて、楽しさや辛苦を味わいながら1年強で帰国した。帰国後は名古屋市内のホテルのバーで勤め、縁があって4年前にこのホテルで勤務することになった。「ホテルはお客様は高い技術を求めて来ますし、それにふさわしい接客をしなければなりません。バーテンダーとお客様の距離は街場の店よりも少しあるでしょうが、私にはむしろその距離感の方が向いているかもしれませんね」と話す。あくまで謙虚に話してくれるが、遠方から訪れた私には、温かく接してくれている。そこが何となく心地いいのだ。
こんな話をしながら、私が何を飲んでいるのかというと、先の「2010 サントリー ザ・カクテルアワード」で最優秀賞(ウイスキー部門)を受賞した「MIYABI」である。いかにも和の心が感じられる名称がつけられたこのカクテルは、ウイスキーベースのもの。「響12年」(30ml)と「プルシア」(25ml)、「シャルトリューズジョーヌ」(5ml)を用いて作る。この3つの酒をステアして、カクテルグラスに注ぎ、金箔を載せたレッドチェリーをグラスの縁に飾る。そして、レモンピールを施して出来上がるのだ。 飲むと、甘みが感じられる。しかし、甘ったるいかというと、そうではなく、柔らかな味わいがして飲みやすい。アルコール度数は20度強あるらしいが、そんな印象はなく、優しい感じが舌に伝わってくる。福手さんによると、「ウイスキーが飲めないのだが、これならいける」という女性が多いらしい。甘さが苦手な男性には「響12年」の味を少し強くして出すそうだ。それでも35mlが限度で、それ以上だと味のバランスを壊してしまうと言う。 福手さんは、「2010 サントリー ザ・カクテルアワード」に応募する際に、課題製品が「響12年」だったために、どうしたら“made in japan”のような一杯を作れるのかと思案したらしい。「響12年」発売直後にサントリー山崎蒸溜所を見学した折りに、チーフブレンダーの輿水精一さんから製造の思いを聞いたこともヒントになった。「日本のウイスキーを使ったウイスキーベースのカクテルが少なかったので、どうしてもそれが作りたくなった」と福手さんはその動機を語っている。そしてウイスキー製造者の思いと、バーテンダーの技がうまく合わされば”made in japan“のカクテルができるはずだと思いを強くした。
福手さんの話によると、「響12年」と「プルシア」の組み合わせはすぐに思いついたそうだ。3番目の酒を何にするかで試行錯誤したようである。「初めは『ドランブイ』や『ジャポネ桜』を用いて作ったんですよ。それなりにまとまった味にはなるのですが、どうも決めには欠けました。そこで薬草の持つクセを利用しようと思い、『シャルトリューズ』を使ってみたんですよ」。 福手さんはこのカクテルを作る際に、初めから「MIYABI」という名前をイメージしていたそうだ。「雅」の字を用いる「雅楽」は日本古来の伝統である。そこで「楽」を重なりととらえ、カクテルの素材が重なり合う様を表現したかったのだと言う。「シャルトリューズ」は修道院で造られている酒で、そのレシピは何人かの修道士しかしらないと伝えられえている。その神秘性がこのカクテルにはピッタリしていると考えたので、あえて「シャルトリューズ」を3番目の酒に指名した。そして5〜10mlで調整していったそうだ。10mlだと少し香りが気になり、まとまりが悪くなった。なので5mlに抑えた。「コンテストって、審査員は一杯全てを飲まないんですよ。だから一口目のインパクトが大事になってくる。インパクトを求めるなら10mlにした方がいいでしょうが、私はそれより一杯飲んでもらっての完成度の方を重視しました。あくまでコンテストの出品としてではなく、お客様に提供する商品として考えたわけです」。 「どうしてレシピを3つにしようと思ったのですか?」という私の質問に対して、「色んなコンペでは、5種のレシピが多いのですが、今回は『響12年』の味をいかすことが目的だったので、あえてシンプルな構成にしたんですよ」と教えてくれた。カクテルの厚みを持たせながら、ベースをいかにいかすか、それが福手さんの課題だったようで、○か×かはっきり出るシンプルな組み合わせであえて挑戦したことになる。そして答えは○と出た。
私は「MIYABI」の製作秘話を聞きながら、この受賞カクテルをちびちび飲んでいる。最初は冷たさを楽しみ、次第に温度が上がってくると、「響12年」の香りが立ってくる。時間がたっても楽しめるような一杯になっている。実は「2010 サントリー ザ・カクテルアワード」最終選考では、福手さんはかなりのハンデを背負っていた。それは「響12年」が課題製品になっていたこともあって、それに好相性の梅のリキュール「プルシア」の組み合わせを用いていたのが6作品中、4つもあったのだ。カクテルは3〜5のレシピが多く、そのうち主たる2つが同じ組み合わせなら味わいは違うにせよ、傾向は似てくる。なのに「MIYABI」が選ばれたことは、それだけウイスキーベースのカクテルとして完成度が高かったことを物語っている。 「最近は海外のカクテルの作り方や海外ならではの素材の合わせ方が日本に入ってくるようになりました。そんな情報をふまえて、日本のバーテンダーの特徴でもあるきちんとした仕事をしていけば、自ずと面白いものができるのではないでしょうか。『響12年』はウイスキーとしての完成度も高いのですが、カクテル素材としてもかなりの可能性を秘めています。頭の中にいくつかプランがあるので、今度来られる時にはそれを提供しますよ」と話しながら福手さんはにっこり笑ってくれた。音の重なりを楽しむ雅楽の如く、素材のハーモニーを表わしている「MIYABI」。それに次ぐウイスキーカクテルができるのであれば、また来てみたい。そう思いながら名古屋をあとにした。