堺に一度行ってみたいバーがあった。時計を見ると、午後8時前になっている。「そろそろオープンする頃だ」と思い、南海・堺東駅から南海・堺駅の方へ向って歩いた。 盛業を誇っているバー「assemble on eight(アッセンブル・オン・エイト)」は、夜8時にオープンする。“アッセンブル”とは集まるの意味で、店名を訳すと、“8時に集まりましょう”ということになる。かつてあった人気番組「8時だよ。全員集合!」をうまく店名に取り入れているのかもしれない。 大小路通りに面した「アッセンブル・オン・エイト」は、堺東駅から約10分、南海・堺駅からだと約15分と、決して至便な店ではない。だが、常に活況を呈しているのは、カクテルの旨さ、接客の良さ、そして内装を含む雰囲気の良さがウケているからだろう。この店は、大小路通りに沿いにあるT.M.Cビルの4階にある。このビルには同店のオーナーでもある「音吉」の河村安徳さんの事務所が入っており、1階には創作和食の店「音吉」が、2階には炭火焼肉の店「肉と八菜OTOKICHI」がと、全フロアに同系列店が収まっている。「アッセンブル・オン・エイト」にもフードメニューは沢山あるのだが、もし小腹が空いているなら、この2店からの出前も可能らしい。
「アッセンブル・オン・エイト」は、以前このコーナーで書いたこともある「バー中原」の中原淳史さんが勤めていたことがある。中原さんが1年ほど前に独立したので、今は藤川勝浩さんと2人のスタッフがバーを切り盛りしている。藤川さんは以前「天王寺都ホテル」にいた経験があるバーテンダーだ。聞くと、奈良県の出身らしく、ホテル専門学校で学んでいた時に「ホテルニューオータニ大阪」のレストランでアルバイトをしたのがきっかけで、接客業を生業に選んだと言う。専門学校を卒業し、「天王寺都ホテル」に就職。フレンチとバーがいっしょになった「ルミエール」に配属されたことで、バーテンダー人生をスタートさせた。中原さんは、このホテルでの同僚にあたる。そして「アッセンブル・オン・エイト」がオープンするにあたって、中原さんと一緒に移って来た。 藤川さんによると、当初はホテルと街場の店との違いに戸惑いもあったらしい。「この店では、お客様との距離が近い。どこまで会話に入っていいのか、はっきり言ってわかりませんでした。それにホテルは接客もスタイリッシュになりすぎる。だから初めは『堅いね』なんて言われたこともありましたよ」。それでも7年もこの店のカウンターに立っていると、間の取り方は当然うまくなっており、今では「この店へ来てよかった」とよく言われることが多いらしい。
藤川さんの接客とともに評判なのがカクテルの味である。来店客の大半がカクテルを注文するとのことで、藤川さんの作る味はすでに折り紙付きだ。最近、最も出ているのが「Ariose〜アリオス〜美しい旋律」という新作カクテル。レモンを漬けこんだウオッカと9種のハーブが入ったウオッカの2種がベースとなっており、60mlのうち40mlがウオッカという強めの酒だ。その配合に反して口当たりはよく、飲んだ時にアルコールをあまり感じさせない。シトラスの風味とレモンジュースが程良く酸味を出しており、甘さは控えめ。まさに女性が好みそうな味である。タイトルも言い得て妙で、飲んでいくと、美しい旋律が喉に伝わってくる。好評な証拠に、藤川さんはこのカクテルで賞に輝いている。HBAと某メーカーが共催した2010年夏のカクテルコンペティションにおいて、ウオッカ部門で優勝しているのだ。
そんなカクテル名人が、「ぜひこの一杯を」と出してくれたのが「セーラ」と名付けられたカクテル。最近発売された「アペロール」なる北イタリアのオレンジリキュールをベースにしたものである。このリキュールはイタリアで人気を博しているそうだ。食前酒としても用いられており、北イタリアでは食前や食中に欠かせないアイテムとなっている。 藤川さんが作ってくれた「セーラ」は、ミラノの夕暮れをイメージしたもの。「アペロール」の色に染まったグラスは、朱色がきれいで、夕焼けをうまく表現している。この「セーラ」は、「アペロール」を40ml、「DISARONNOアマレット」10ml、フレッシュライムジュース10mlに、「サンブーカ」を1ティースプーン加えて作る。以上のものと氷をシェイカーに入れて、適度にシェイクする。グラスに注いで、マラスキーノチェリーを底に沈め、オレンジピールを絞りかけると出来上がりだ。 「アペロール」は、アルコール度数が11%と、あまり強くない。だからであろう、40mlも入れているのに、軽い感じで飲みやすい。「アペロールは、カンパリに似た味がします。でもアルコール度数は半分ぐらいなので、酒の弱い人でも美味しく飲めるんですよ」。ショートカクテルというと、えてして強いイメージがあるが、この「セーラ」なら藤川さんが言うように酒の弱い人でも大丈夫であろう。
実は「セーラ」には、原型となるものがある。藤川さんの作った「夕凪」がそれで、このカクテルでNBAの技能競技大会・南大阪支部予選を通過し、2011年の2月に行われる関西大会まで勝ち進んでいる。ちなみに「夕凪」は、「アペロール」が10ml、ブランデー30ml、柚子のリキュール15ml、ライムジュース5ml、ミントシロップ10mlを氷とともに入れてシェイクしたもの。これも「セーラ」同様に夕焼けのイメージを醸し出したかったらしく、「アペロール」を使ったのだとか。「こちらはブランデーが入っているために、アルコールを強く感じるはず。深みがあって酸味を感じるのが『夕凪』なら、『セーラ』は軽いのが特徴と言えるでしょうね。『セーラ』もライムジュースで酸味を利かせていますが、『サンブーカ』を加えることで、味を締めています。『アペロール』のアルコール度数が低いから、口内にさらっと伝わり、軽い感じを醸し出すんですよ」と藤川さんが解説してくれた。 「サンブーカ」は香草系のリキュール。アニスが入ってクセが強い。かなり甘めのものだが、これが入らなかったら「セーラ」はさらりとしすぎて印象度が薄くなる。藤川さんの話では「アペロールは、やはりオレンジとの相性がいいですね。だから最後にオレンジピールで香り付けを施したんですよ」とのことだった。
「アッセンブル・オン・エイト」は、外国人が世界中を旅してからバーを作るとすれば・・・というのがテーマ。入口を入ると、右にテラス席があり、左にカウンター席がある。カウンターの左端と中央には大きな石が設置されている。もともとこの石は3tもあったらしいが、4階に置くには、重すぎるとの理由から、中をくり抜いて加工を施している。そして茶室風の座敷があって、奥には書斎をイメージしたサロンが_。世界中を旅した・・・というのがテーマなので、リビングスペースには世界地図が貼ってあったり、世界中の書物が置いてあったりする。なんでも外国人が間違って日本をイメージしたのがポイントらしく、中央の茶室風の部屋は板張りで、茶室とは程遠いものになっている。こんなところが洒落っ気があって面白い。「夕凪は少しネーミングが気に入らなかったので変えようかと思っているんです」と藤川さんは笑いながら次のカクテル作をり始めた。次はどんな酒が出てくるのだろうかと期待しつつ、私はグラスに少しだけ残っている「セーラ」をグイと飲み干した。この飲み易い一杯が私をバーの世界へ誘ってくれる。夕焼けのような赤いカクテルを脳裏に刻みつつ、今日はここで腰を据えようかと考えた。