世にいう“流行”とは、2つのパターンから生れる。それはある出来事があってそれに倣い、自然発生していくものと、誰かの意図から無理やり流行らそうとするものの2つのパターンだ。企業から発せられるものは、大抵は後者が多い。うまくメディアを絡ませることで、流行させていく。ただ、このパターンは少しばかり時間が過ぎると、さも何もなかったかのように消えていることが多い。それに反して、自然発生したものは強い。時流にも後押しされ、徐々にではあるが広がって行き、次第にひとつの時代を作ってしまう。 自然発生といったが、モノが流行し出すきっかけはある。強い意志が働かないだけで誰かが発信しなければ流行は生れやしないからだ。その発信する誰かとは、時折、その業界のリーダー的存在であったり、業界で感性豊かだと囁かれていたりする人物である。例えばコンテストに選出された人が、オリジナル作品を見て欲しいと作ったものが、噂となり、いつしか流行を生んでいく。そういったケースを私はこれまでよく見て来た。
2010年10月8日に京王プラザホテルで開催された「2010サントリーカクテルアワード」を私はそんな意味合いから楽しんで見たいと思って足を運んだ。会場は同ホテルの5階フロア。最終選考会の始まる15分前に入った私は、人の多さと熱気に圧倒されてしまいそうになった。テレビカメラと報道陣のカメラマンが陣取り、バー業界関係者から一般人までが、これから行われる祭典に固唾をのんで待っていたのである。 今回が17回目となる「2010サントリーカクテルアワード」は、全国から選ばれたバーテンダーが自らの創作カクテルを披露するもので、サントリーが世界へ向けての情報発信の場にしたいと考えて始めた。課題製品リキュール部門、課題製品ウイスキー部門、フリー作品部門の3つに分けられており、全国のバーテンダーが沢山参戦している。今年も1000にものぼる作品が寄せられ、1次、2次の選考会を経て、晴れの舞台で22作品が披露されることになった。ちなみに課題製品は、リキュール部門が「ミドリ」を、ウイスキー部門が「響12年」を、そしてフリー部門ではサントリー全製品のうちからどれかを使って創作をすることになっている。 最終選考会では、2人1組でバーテンダーが壇上に上り、カクテルを作る。それをタレントのベッキーさんを含め、7名の審査員が評するのである。司会者の紹介では、このうち5名がネーミング、味、見栄え、独創性、将来性の5つを、残り2名がマナーとホスピタリティ(美味しいと感じるか、そういう動作が行われているか)を審査することになっているらしい。
コンテストの詳細は別の記事があるとのことなので、そちらを参照して欲しい。私のコーナーではまず結果から話すことにする。優秀賞には山根圭介さんの「MIDORI Wonderland」(リキュール部門)、伊藤大輔さんの「響愁」(ウイスキー部門)、岩永一志さんの「Pastel Flower」(フリー部門)が選ばれ、最優秀賞は小林貴史さんの「翠響庵」(リキュール部門)、福手進介さんの「MIYABI」(ウイスキー部門)、金子城栄さんの「DANCING HEAT」(フリー部門)が受賞した。この中から栄えある「2010サントリーカクテルアワード」に輝いたのは、小林貴史さんの「翠響庵」だった。 私も最終選考会と表彰式の間に22作品を試飲したが、その時に小林貴史さんの「翠響庵」については、「甘い舌ざわりが印象的。その後、口内に甘みが徐々に広がっていく感じ。それとともに柑橘系の苦みと『響12年』の味が伝わっていく」とメモしている。小林さんはこの「翠響庵」と名づけたカクテルに課題製品の「ミドリ」(30ml)と「響12年」(15ml)を使っている。レシピを眺めると、この2つに「ルジェ・クレーム・ド・アプリコット」(10ml)とフレッシュライムジュース(5ml)が使われているのだが、私が感じた柑橘系の味はライムジュースのものだろう。 小林貴史さんによれば、茶会に参加した経験が生きたとのこと。「もてなしの心を含む日本の素晴らしさが表現できれば」と創作したそうだ。課題製品であった「ミドリ」のボトルを見た時に「翠」の字が浮かび、次第にこのカクテルのイメージができあがったと話していた。
「ミドリ」は、サントリーが世界に誇るメロンリキュール。1971年にアメリカから訪れたバーテンダーが前身となる「ヘルメスメロンリキュール」を大絶賛したことから始まり、海外の著名バーテンダーにヒアリングを重ねることで、今の「ミドリ」が出来上がっていった。当時、アメリカにはなかったフルーティで、フレッシュな味わいのメロンリキュールを生み出すためにサントリーでは研究開発を重ねていき、1978年にカクテル大国・アメリカで発売することに至っている。 このカクテルは、日本でも評価は高いが、それ以上に世界で認められており、どこの国のバーへ足を運んでも緑色したボトルが並んでいる。現に今日のアトラクションに出るためシドニーからやって来たナイジェル・ウェイスバーグさんは自ら「ジャパニーズ・スリッパー」なる「ミドリ」を用いたカクテルを披露し、「この世界的に有名なカクテルがオーストラリアで生れたことが誇りだ」と語っている。 そういった背景を持つ「ミドリ」を小林貴史さんはうまく用い、和の感じを表現した。もし、このカクテルがトレンドとして認められたなら、世界に真剣に向きあえるものが今回の「カクテルアワード」で誕生したと言える。この「翠響庵」がトレンドとして世界へ羽ばたく瞬間に立ち会えたのかもしれない。「翠響庵」の素晴らしさは、見た目の美しさもさることながら、小林貴史さんがあるハンデを持ちながらも勝利したことによる。小林貴史さんは、この大会でトップバッターとして壇上に立っている。味を決めるコンテストにおいて、最初に口をつけたものは、その後の基準として考えられることが多々ある。本来はそうであってはならないのだろうが、舌という主観性の強い機能で判断するものは、最初に味わったものを平均ととってしまい、後から続くものをそれ以上か、以下かで判断してしまうようだ。そのハンデを持ってまで、カクテルアワードに選ばれたのだから「翠響庵」は、秀でた逸品であることがわかるだろう。
ところで私は、このコンテストでトレンドの行方を見ようとしている。「翠響庵」は味においても優れたカクテルだったが、少し横に置いて話を展開したいと思う。なぜなら全国のバーテンダーの中でもハイレベルなバーテンダーが22人もこの大会に残っているからだ。感度の高い人からは、旨いカクテルができて当然であり、その行方を数多(あまた)のバーテンダーが見つめているはずだ。だから次の流行のへの閃光がこの場から発せられたとしてもおかしくはない。 今回、最終選考に残った22作品のレシピを並列に置いて眺めていると、面白い傾向が見られた。それは「響12年」と「プルシア」を同時に用いている人が多かったことだ。 ウイスキー部門の課題製品は「響12年」を用いることだった。「響12年」は酒齢12年以上のモルト原酒を吟味し、それに相応しい複数タイプの12年以上の円熟グレーン原酒をブレンドしたウイスキーだ。梅酒を貯蔵した樽で熟成させた梅酒樽熟成モルト原酒を用いているので、甘く華やかな香味が引き立てられている。だからであろう、バーテンダーの多くは“梅”の風味とマッチすると考えたようだ。
かつて私は、このコーナーで堺(大阪)にある「バー中原」を取材したことがある。その時、飲んだのは「梅の音(ね)」なるカクテル。「響12年」と「プルシア」で作られた一杯だった。その時に中原淳史さん(バー中原・店主)は、「『響12年』と、相性のよさそうなものを探していると『プルシア』に行きついた」と話していた。中原淳史さんの言葉を借りれば、「『プルシア』は繊細で香りのいいリキュール。ソーダで割って出すだけでも旨い」らしい。「響12年」の造られた工程を考えただけで、この梅のリキュールと相性がいいのも頷けるだろう。 くしくもこの大会の最終選考会に中原淳史さんが残っていた。会場で彼をつかまえて話を聞いてみると、「『響12年』と『プルシア』は、相性がすごく合うので、すぐにこの組み合わせが頭に浮かびました」との弁。現に中原淳史さんは「響12年」を20ml、「プルシア」を10ml、「クレームドキョホウ巨峰紫」10ml、「デカイバーパルフェタムール」5ml、「サントリーカクテルレモン」5mlで、出品作「紫苑(シオン)」を作り、最終選考会まで残っていた。彼もこの組み合わせが多いことを感じていたのだろう、表彰式を前にして私に「『紫苑』は8月に創作したものなんですが、相性がいいからでしょうか、この組み合わせが目立ちますね」と語っていた。 確かにウイスキー部門6作品のうち「Night Dress〜夜の華〜」(松浦広幸さん)、「響奏曲〜果実とのハーモニー〜」(山本豊和さん)、「MIYABI(ミヤビ)〜雅〜」(進手進介さん)、「紫苑(シオン)」(中原淳史さん)の4作品が「響12年」と「プルシア」の組み合わせである。3〜5つの素材を使ううち、2つが同じものであるならば、最終的な味わいは違うにせよ、傾向は似たものとなる。そうなれば、中原淳史さんの言う通り不利に映ってもおかしくはないのだ。
しかし、私のような見方をするなら、明らかに名バーテンダー達が示したこれからのカクテルの傾向となる。そしてこの組み合わせがトレンドとなる可能性を秘めているとも言える。 私は審査員ではないために今回の22作品を短時間で立ったまま、ごった返した衆人の中で味わった。そのためにいつものような正しい評価は下せなかった。その時にメモしたことは「MIYABI」が「『プルシア』の味がし、『響12年』の味が追いかけてくるようだ」との評。「Night Dress」には、「甘さの中にウイスキーの味がうまく出ている」と書き、「響奏曲」では「爽やかさにウイスキーの味がマッチ」と記している。中原淳史さんの「紫苑」は会場ではすぐになくなるほどの盛況ぶりで、私は「巨峰と梅がうまく混ざり合った爽やかな味」と評している。これらの4つのカクテルを着席してゆっくり味わえば、また違った印象が生れたのかもしれない。ごった返した会場では、こう記すのが関の山だった。 6作品中、同じ組み合わせが4つもあったにも関わらず、この部門では福手進介さんが最優秀賞に輝いている。不利と思える同一の組み合わせの中で選ばれたのだから、いかに印象的な味わいだったかがわかる。
今回、同コンテストでは、ウイスキー部門の課題作品に「響12年」をあてていた。だからかもしれないが、その他の部門でも「響12年」を使ったもの(「桃梅(ゆすらうめ)」=フリー作品部門、「翠響庵」=リキュール部門)があった。ハイボールの流行によりウイスキーに脚光が当たったからであろうか、巷ではウイスキーをベースにしたカクテルが多く見られるようになった。そういった意味でもウイスキーベースのカクテルが今後、トレンドになるような気がしてならない。昨年発売された「響12年」は、「カクテルに適したウイスキーだ」とバーテンダー達は話している。現に「響12年」の「12スタイルブック」でも同酒が「華やかでフルーティ。バランスに優れた『響12年』の香りと味わいは、どんな飲み方においても存在感をあらわす」と書かれている。カクテルにも適したウイスキーにバーテンダー達の目が行き始めれば、全国で新たなウイスキーカクテルが続々と誕生し始めるのではないだろうか。そんなムーブメントがあるかもしれないということを「2010サントリーカクテルアワード」に出たバーテンダーは教えてくれたように思えてならない。