私はバーほど店主の個性や想いが宿っている所はないと思っている。例えば、飲食店(レストランや居酒屋)などは、オシャレに造ってはいても油や生ものを使うために、年数がたてばそうはいかなくなってしまう。それに対してバーは酒が主体である。そしてバーテンダーの接客が店の重要ポイントを担うために、個性を出しやすい。御堂筋から新地本通りを少し入った所にある「LE THÉÂTRE(ル・テアトル)」は、店主・村中淳一さんの個性が際立った店だ。 村中さんとバーとの出会いは、大学生の時。兵庫県春日町(丹波市)で育った村中さんは、大学で勉強するために来阪し、アルバイトとして茶屋町にあった「Narrow Water(ナロー・ウォーター)」に勤めた。一人暮らしを強いられるため、賄いが付いている飲食店なら食費が助かると思ったからだ。それにバーで働いている友達から「バーテンダーって、カッコええで」と言われていたこともそれに就く要因だった。アルバイトをしているうちに、酒の世界が持つ独特の雰囲気に魅せられ、そのまま店に就職し、バーテンダーの道を歩み始めた。その後、堂山町やミナミで何軒か勤めた後、シェフと共同経営で「Lamp(ランプ)」なる店を始めたのだ。「ランプ」はカジュアルな店だったために、どうしてもオーセンティックバーをやりたかったという村中さんは、再度独立を志す。それには「ナロウ・ウォーター」時代に買い集めていた年代ものの酒を出したいとの思いもあったのであろう。そして2009年12月に北新地でオープンしたのが「ル・テアトル」というわけである。
村中さんは「ル・テアトル」を造る際に、アールヌーボーのイメージを店の中に盛り込みたいと考えた。直線的表現より曲線的なやわらかさを大事にし、壁や手すり、照明にもアールヌーボーの様式を取り入れることにした。「偶然にも建築デザイナーがアールヌーボーが好きで、私のイメージをうまく取り込んでくれました。ダウンライトも好みじゃないので、全て間接照明に。このようにして目に入ってくる世界を、全てバーの世界にしたかったんですよ」と村中さんは話す。現に「ル・テアトル」は、かなりオシャレである。店にありがちな電気機器類は一切なく、エアコンやオーディオとて目に入って来ない。酒はもとより本も整然と並べられ、酒を飲むというシーンにどっぷりと浸かれるようになっている。カウンターは10席だけ、しかし奥にはVIPルームと呼ばれるソファ席がある。私が葉巻でもたしなめば、それが似合いそうな豪華な設えだと思った。扉を閉めてしまえば、音が漏れないことから村中さんは“密談ルーム”と称している。この店を始める時に村中さんは誰も雇わず、一人で切り盛りしたかったので、あえて小さめの店にしたそうだ。小さめとはいえ、スペースは十分すぎるぐらいとってあり、席数を考慮すると、むしろ広めの店に映ってしまうほどだ。
「ル・テアトル」では、カクテルとウイスキーが片寄らず均等に注文されているとのことだが、「ランプ」時代から村中さんはハイボールを作ることが多かったらしく、今のブームも加味してか余計にそれが出ている。そこで私はとっておきの一杯を村中さんに作ってもらうことにした。 村中さんがおもむろに取り出したのは「山崎コレクション」のうちの「山崎バーボンバレル」。海外ならひとつの蒸溜所でひとつの原酒しか造られていないのだが、日本には蒸溜所の数が少なく、1箇所でいくつもの原酒を造らなければならない。これがジャパニーズウイスキーの特徴でもあり、評価されている点だ。そのためシングルモルト「山崎」でも原酒の造り分けがなされている。「シェリーカスク」「パンチョン」「バーボンバレル」「ミズナラ」は、樽の素材と熟成度合で味の違いを表現したもの。それを「山崎コレクション」と称し、バー業態を中心に販売しているのだ。私が飲もうとしている「バーボンバレル」はホワイトオークで作られた180ℓの小さな樽に「山崎」の原酒を熟成させたもので、甘いバニラ香がする。ちなみに「パンチョン」は、ホワイトオークの新材から製樽した480ℓの大樽で熟成したウイスキーで、なめらかな味わいが特徴的。「シェリーカスク」は、スパニッシュオークで作られた480ℓの長樽で熟成されており、甘く濃厚な熟成感がある。最後(今年夏)の発売になった「ミズナラ」は、日本オリジナルのミズナラ樽が使われている。そのために他にはないオリエンタルな香りを有している。
村中さんは、私の注文に「山崎バーボンバレル」を取り出し、氷を入れたグラスに30ml注いだ。そして、ウイスキーの2.5倍(75ml)のソーダを氷に当てぬように丁寧に注いでいく。村中さんによると、氷が小さくなるほど溶けやすくなるし、氷に角を持たすと炭酸も抜けやすくなるそうで、仕入れた氷を切りながらソーダをいかすように作り上げているとか。こうして作られたハイボールは、透明感の中に輝きを放ち、美味しそうな一杯として私の前に置かれた。 村中さんの話では、「山崎コレクション」の中で、「バーボンバレル」と「パンチョン」がハイボールに適しているそうだ。「シェリーカスク」は冷やすことで、シェリー樽の苦みが、余計に出るので、ハイボールよりも1:1で水割りにする方がいいという。「この水割りで、ビターチョコレートをアテに飲むのがベターではないでしょうか」と話してくれた。「ミズナラ」はストレートで飲んで欲しいと村中さんは強調する。8月末に発売されるまでは、村中さんも「ミズナラ」がどんな味だったかわからなかったそうだが、初めて口にした時に「かなり美味しいウイスキーだな」との感想を持ったようだ。「熟成年数からしてもっと濃い色をイメージしていたんですが、意外にも透明度は高かったですね。甘さがあり、残り香がかなり印象的。飲んだ後の余韻が長く続くんですよ。表現的にはおかしいかもしれませんが、爽やかで、森林浴を感じます」と高い評価を与えていた。そしてさらに「年数表記をしていないんですが、聞くところでは25年ぐらいのものが使われているそうですね。『山崎』の原酒もさることながら、本当にブレンド技術が素晴らしいと思います」と付け加えた。
村中さんは、「山崎バーボンバレル」をソーダ割りにし、そこに「シェリーカスク」を浮かせ、「スーパーハイボール」として提供しているという。私が飲んだのは、それではないが、ソーダで割ることによって爽やかさがアップし、甘いバニラ香が漂ってくる。流石(さすが)にハイボールをよく作るだけであって、飲み味を心得ている。 「同じブランドでも『山崎12年』などは、ハイボールよりロックか、水割りを楽しむ方がいいですね。完成度が高いので、水で割る方が美味しいですよ」。それに対し、「山崎10年」や「白州12年」「角瓶」はボトルを冷凍庫に入れて冷やしている。その方が口当たりの温度が違うし、喉に入る感じが違うからだ。「氷で冷やしても限界があるんですよ」と村中さんが理由を説明してくれた。 同じ「山崎」でもこんなに違いが生じるのが面白い。だから「山崎コレクション」のように樽によって個性が変わるということも納得がいく。 「ル・テアトル」では、カウンターに「山崎コレクション」がディスプレイのように置かれている。ボトルの横には300分の1のミニチュア樽が置いてあり、実際の樽をイメージできるようになっている。村中さんは、このミニチュア樽を眺めながら、「爽やかに飲みたいならこの2本ですね」と「バーボンバレル」と「パンチョン」を指差した。「山崎」というウイスキーの、造り分けを楽しむには、全て挑戦してみよう。そう思いながら、2杯目をどれにするべきかと考えた。