8月に行われたサントリーのセミナーで作ったものを飲ませてもらえるというので、北新地の「Dining&Bar Beso(ベッソ)」に出かけた。「ベッソ」は佐藤章喜さんが営むバーで、オープンして今年で11年目にあたる。かつて理髪店の店長を務めた経験もあるという変り種の佐藤さんは、バーテンダーとしてはかなりの理論派だ。酒はもとより料理や食材面でも研究熱心で、酒を傾けながら話を聞いていると、教えられることが多い。 「バー立山」でバーテンダーとして仕事を始め、シャンパンバー「フランクロイドライト」と「イスト」で修業を積んだという経歴を持つ佐藤さん。あの伝説のバー「イスト」では、シェフの経験もあったからだろう、今でも「ベッソ」で本格的な料理を自らが作っている。この店の面白いところは、バーなのになぜか炭火焼コーナーが設置されていること。佐藤さんの話では、甲子園にあった焼鳥屋「飛鳥」に入った時に、店の人がシェイカーを振っていた姿に衝撃を受けたのがきっかけだという。「焼鳥屋なのに、店員がサイドカーを作っていたんです。あまりのミスマッチに目を奪われましたよ」と話す佐藤さんだが、自分が店をやるなら、この逆バージョンを作りたいと思ったようだ。だからあてバーカウンターの前に焼き場を設けている。
「ベッソ」はダイニング&バーの肩書きがある通り、バーとはいえ、料理にはなかなかのこだわりが見られる。シャトーブリアンしか使わないという「特選黒毛和牛ヘレ肉のあぶりステーキ」は、炭火で一回焼いて、その後、余熱で2〜3分温めるという本格仕様。それに「黒毛和牛ヘレカツサンド」は、北新地のクラブでお取り寄せNo.1に輝いたほどの実績を持っている。炭火焼コーナーで焼く野菜は常時10種以上。産直で朝採りばかりを使っているというから佐藤さんの素材へのこだわりが窺える。この日、私に焼いてくれたのは珍しい「雲龍菜」。何でも漢方に用いる野菜だとかで、葉の片面を炙って、お浸して提供している。食べると、少し塩気があって、苦みが強い。モロヘイヤのようなとろみがあり、肉厚のあるワカメを食しているかのようだ。 このようなアテを食べながら一杯飲るのが「ベッソ」の楽しみ方である。佐藤さんにとって師匠にあたる高村さんが「君は料理人になった方がいい」と言ったそうだから、佐藤さんの料理の腕前は推して知るべしであろう。そんなことを発していた「イスト」の高村さんが「カクテルコンテストに出てみろ」とバーテンダーの道を邁進させたのだから人生は面白い。この後押しに、根が凝り性の佐藤さんも「5年で日本一になろう!」と精進したというから凄いものだ。現に佐藤さんは、5年後にサントリー・カクテル・オブ・ザ・イヤーで日本一に輝いている。そして2005年にはNBA(日本バーテンダー協会)カクテルコンペ・創作部門で1位を獲得し、台湾で行われた世界大会では準優勝者になっている。
理論派で、素晴らしい経歴を持つ名バーテンダーが「MIDORI(ミドリ)」を使って新たなカクテルを披露してくれるというのだから、こちらは興味津々。「ミドリ」は日本でもさることながら海外ではかなりの評価を有すメロンリキュール。それだけにどんなものが飲めるのだろうかと気持ちが高ぶった。 佐藤さんが新カクテルとして作ってくれた「ピーティメロン」は、サントリーのセミナーでチームを組んだ4人のバーテンダーの知恵をまとめたものだそう。メロンのピューレを用いる、ラフロイグのミストをかけるなどの各々の要素を集め、「ベッソ」風にアレンジしたものである。 まず、ブレンダーに1/8個のメロンの果肉を入れて、ミドリ30mlを注ぎ、ピューレ状にする。次に茶漉しでピューレをミキシンググラスに注ぎ入れて、氷を加えてからステアする。何回もステアしながら、温度が下がっているかを確認した上で、ソルトスノーススタイルのグラスに注ぎ、仕上げにラフロイグのミストをかける。作る時にシェイカーを用いると、空気分がふくらみすぎて、気泡が鬼泡になってしまうそうで、むしろミキシンググラスで何回もステアをすることで空気を少しずつ抜いていき、とろみ感を出すのがいいとのことだ。スノースタイルのグラスに入れて提供するのは、「いい意味での裏切り感を持たせるため」らしい。佐藤さんの話では、「メロンとメロンリキュールを用いると、こんな味になるというのは、誰もが想像できること。それは安定感としてはいいことなのですが、ワクワク感だったり、裏切り感のようなものが入らないと、インパクトが薄くなってしまうんですよ。塩には、味に深みを持たせるという効果あります。塩を除いて飲んでみると、メロンジュースのようですよね。グラスの縁に塩があることで味を締めてくれるんですよ」。そしてさらにラフロイグ10年のミストをかけることで、切り込んでいく香りが生まれ、スパッとした瑞々しさが生じるのだという。 佐藤さんの理論では、メロン果肉に、メロンリキュールを加えると同じ風味が重なるので、味を肥大させてしまうのだとか。塩で締めることで印象づけを強くし、ウィスキーの香りを吹きかけてメロンへの裏切り感を持たせるとのことだ。「本当に『ミドリ』はよくできたリキュールだと思いますよ。メロン風味というと、えてしてケミカル系になりがちですが、これはうまくメロンの味を醸し出しています。日本人は海外への憧れが強いせいか、輸入ものを評価しがちですが、もっともっと自国のいいもの(ミドリ)を評価するべきだと思いますね」。
メロンの新作カクテルを飲んだついでに、「ベッソ」での定番メロンカクテルを注文してみた。すると、佐藤さんは2杯目に「メロンフローズン」を作ってくれた。これはメロン1/8個と、「ミドリ」10ml、シロップ5mlをフローズンに仕上げたもの。それをグラスに注ぎ、メロン1/8個分をグラスに射し込む。コニャックを横添えするのがミソで、メロンフローズン、果肉、コニャックとバラバラに味わえることに、このカクテルの美味しさがあると説明する。メロンフローズンはメロンの味が利いて当たり前に旨い。次に横添えのコニャックをグイと飲ると、アルコールの強い味が喉を刺す。コニャックの強い味が少ししんどいので、自ずと柔らかい味をとフローズンを求めてしまう。そして次はメロンの果肉をー。このメロンはフローズンに刺している部分が半氷状態になっているために冷たくて旨い。「この三角食べのようなスタイルで、カクテルを楽しむのがいい」と佐藤さんが教えてくれた。途中まで味わったら、次に出てくるのがピノデシャラン。「メロンを食べてピノデシャランを飲る。これがフランス人のメロンの食べ方なんですよ」と、さらに佐藤さんの解説が加わる。 「ベッソ」では、フレッシュフルーツを使ったカクテルには必ずそのフルーツの果肉が横付けされている。話を聞くと、これが佐藤さんからの挑戦状らしい。「私は果肉をさらに添えることで、そのカクテルの風味に遜色がないか確かめたいんですよ。もし果実の方が旨いと感じたなら、我々バーテンダーは、もっともっと精進していいカクテルを生み出さなければならない。神様が作った味(フルーツの果肉)に対して、人間の作った味(カクテル)が同等以上に評価されてこそ、いいカクテルだと言えるのじゃないですかね」。 カクテルの印象は、初めて口にした時にわかる。この味が旨いと思うのが感動なら、理論を聞いて味わうと、感心が生じるのだろう。感動と感心ー、この2つの言葉を体感できるのも「ベッソ」の良さであろう。舌で覚えた味と頭に入って来た味、その両方を楽しめたという意味では「ミドリ」を用いたこのカクテルを私は高く評価せねばならない。