某日、横浜にいた。帰りの新幹線の時間までは少しある。そこでJR横浜駅近くで一杯飲ってから乗ることにしたのだ。横浜そごうに隣接したスカイビルの1階には、日本のフレアバーテンディングの草分け的存在の「マルソウ」がある。この店で北條智之さんのパフォーマンスを見ながら飲るのも面白いと思った。 「カクテルバー・マルソウ」のヘッドバーテンダー・北條智之さんは、日本でいち早くフレアバーテンディングを取り入れた人としても知られており、全日本フレアバーテンダーズ協会(ANFA)の会長兼ワールド・フレア協会(WFA)アジアディレクターを務めている。 そもそもフレアバーテンディングとは、バーテンダーがボトルやシェイカーなどを持って曲芸的なパフォーマンスを見せながらカクテルを作っていくもの。1849年にサンフランシスコ「エルドラドサロン」のジェリー・トーマスが始めたパフォーマンスで、彼が見せながら作る「ブルー・ブレザー」が当時話題になったそうだ。一般的に広まったのはトム・クルーズ主演の映画「カクテル」(1988年)からで、トム・クルーズが行うフレアにより、その存在が世界的に広まったと言われている。
「マルソウ」の北條さんがフレアを初めて見たのは97年のこと。ビーフィーター・インターナショナル・バーテンダー・コンペティションで初の世界チャンピオンになった韓国のパク・ジェ・ウーさん(通称
さて、ここらで酒の話に戻そう。「マルソウ」というバーは、フレアもさることながら北條さんが作り出すカクテルの味が評判である。スタンダードなものより、オリジナルが大半を占めており、「マティーニ」は100種もある。 北條さんは、関西から来たという珍客に、「今、こんなフェアをやっているんですが…」とパウチで綴じられた一枚のメニューを差し出した。このフェアとは、「響12年」を使ったカクテルを提供しようというもの。何でも「マルソウ」のスタッフが某カクテルコンテストで「響12年」を使ってオリジナルを作ったことがきっかけで始めたのだと言う。 GW明けから始めたこのフェアでは、「響12年のハイボール」と、モヒートをアレンジした「ヒビート」、それに「ヒビキレモネード」「ヒビキコスモ」「ワイルドパッションヒビキ」の5つのカクテルがラインナップされている。中でも「ワイルドパッションヒビキ」(1450円)は、人気の高いカクテルで、「響12年」初心者にはことさら受けているらしい。「響12年」30ml、パッションフルーツシロップ15ml、オレンジジュース20ml、スィート&サワーミックス20mlをパッションフルーツの実といっしょにシェイクして作る。あえて実を残しているのがミソで、ストローで吸い上げると、パッションフルーツの種もいっしょに口の中へ入ってくるのが特徴だ。北條さんの話では「タピオカの感覚で、グラスの底に種を沈めたらしい。種が詰まるからスリーピースは使えないと話してもいた。一口飲むと、パッションフルーツとオレンジジュースの味が効いており、爽やかな口当たり。甘さもさほど強くはないので飲みやすい。ストローで吸い続けると、種が上がって来て、口内でその存在感を示しながらもパッと酸味が広がる。種を噛むことでアクセントにもなって、非常に美味である。
「最初はウイスキーが入っているなんて思わないですが、飲んでいくとその存在に少しずつ気づく。それがいいんですね。ハイボールがブームになったとはいえ、若い人はまだまだウイスキーの味に親しんでいません。このカクテルをメニュー化することで、ウイスキーに近づいてくれたらと思っているんです」。 以前「マルソウ」では、ハイボールは出していたものの、ほとんどと言っていいほど2杯目の注文は出なかったそうだ。それがこのフェアで「響12年」のハイボールを出すようになってからリピートする人が増えたという。だから「響12年のハイボール」(1200円)はウイスキーの入門編。北條さん曰く「飲まず嫌いを減らすことに貢献している」とのことだ。 「マルソウ」のハイボールは、グラスに丸氷2個を入れて作る。その上から「響12年」を30ml、ソーダを70ml注ぎ、ステアして仕上げにアドマイザーで「響12年」を吹きかける。メニューにもアドマイザーで吹きかけている写真を載せているからお客さんから「コレ何ですか?」との質問があるらしい。その質問がある度に北條さんは「響12年」のアドマイザーを見せる。そしてミストを吹きかけて、「一杯作りましょうか」と言うのである。ハイボールのグラスの縁に吹きかけた「響12年」のミストは香りを長く保たせるだけではなく、ある種の宣伝効果をももたらしているようだ。 「『響12年』は、ウイスキーを美味しいと思い始めた人にはピッタリの酒ですね。それを使ったカクテルを提供すると、『ウイスキーって美味しいんだね』と大概の人が言いますよ」。実は「ワイルドパッションヒビキ」にはその原型がある。「ワイルドパッションクーラー」という定番カクテルがそれで、バーボンウイスキーをベースにして作られていた。しかし、バーボンは個性が強すぎてパッションフルーツの味を隠してしまう。ところが「響12年」に変えると、逆にフルーツの味を引き立たせるようになった。だから北條さんは「響12年」を多用する。そしてそれを飲んでもらうことで、多くの人にウイスキーが旨いということがわかってほしいと願っている。かつてトム・クルーズの映画でしか見られなかったフレアバーテンディングの技をメジャーにしたように、その一杯一杯が次のバー文化の担い手を作っていくことを信じている。