はっきり言って私は天の邪鬼なところがある。そのために私自身がブームについて行くことは少ない。その証拠に数年前に起こった焼酎ブームの折りには、それに真っ向から逆らい、あえて駅中に日本酒で食すダイニングをプロデュースしてしまった。そんな私が、昨年あたりから起きているハイボールのブームにはなぜか乗っている。これはブーム云々(うんぬん)より、昔からハイボールをよく飲んでいたからかもしれない。けれど、行く店、行く店でみんなが角ハイボールを片手に飲んでいる姿を見ていると、生来の天の邪鬼が頭をもたげてくるのか、角瓶ではないウィスキーで、ついついハイボールをと注文してしまうのだ。
そんな話を聞いていたのか、ある人が美味しいハイボールが飲める店を教えてくれた。地図を頼りに行ってみると、その「BAR ZAISON(ザイソン)」は、心斎橋と難波の中間あたりにあった。心斎橋筋から三津寺の通りを西へ。まもなく御堂筋にさしかかるという所に「ザイソン」はある。ちょうど三津寺の斜め前あたりで、ビルの入口がわかりにくく、細い路地をちょっと入らねばならないが、バーという業態を考えれば隠れ家としてはいいのかもしれない。 この店は、心斎橋にある「The Cole Bar(コールバー)」の姉妹店。今年33歳になる津田武志さんが一人で切り盛りしている。津田さんは小野田(山口)の出身で、大学に入るために大阪へやってきた。学生時代にレストランバーでアルバイトをしたのがきっかけで、この道へ入ったらしい。もともとこの世界に興味があったわけではなかったが、仕事をしているうちに接客サービスの面白さに目覚め、「コールバー」の室田さんに「雇ってください」と自らを売り込んだ。津田さんによると、「酒については全く知識がなく、居酒屋で飲む程度。ジントニックも知らないぐらいで、酒といえば実家の棚にダルマ(サントリーオールド)が置いてあるのが関の山でしたね」とのこと。それがアルバイトをするうちにミナミ独特の雰囲気が面白いと感じるようになり、次第に酒の道へ惹かれていった。
大学を卒業し、1年たって「コールバー」で勤めたのだが、師匠の室田さんは実に放任主義。店の味よりは個人の味を重視する人で、他店で飲んで印象に残ったカクテルでも、津田さんが店で出したいと言えば、否定しなかったという。だからであろう弟子にあたる津田さんも柔軟な姿勢でカクテルを作っている。客側の要望も存分に取り入れてくれ、その時の状況や嗜好に合わせたものを提供してくれる。津田さん曰く、「自分のこだわりだけをグラスに詰め込まない」とは、まさに名言である。 ネットで店の色んな評を拾ってみると、「モスコミュール」が美味しいようだ。ジンジャービアは手作りで、生姜、丁子、蜂蜜を使って作るそれは、生姜の風味が効いている。蒸し暑くなるこれからの季節にはピッタリなカクテルだと津田さんは教えてくれた。私が「ウォッカに生姜を漬け込んでいるそうですね」と聞くと、「そうすることで香りが強くなるんです。でも、どの店もそのぐらいのことはやっていますよ」とあっさりと交わされてしまった。
「ザイソン」は、オープンして今年で3年目になる。かつてこの場所には「盛田バー」があったそうで、NBA(日本バーテンダー協会)で室田さんや津田さんと同じ支部に属していた旧知の盛田さんから故郷に帰ることを聞き、この場所で新店をやってみてはと、室田さんが考えたようだ。津田さんも30歳になると、独立を視野に将来を考え始めていたが、室田さんから「ワンステップを置いてからでもいいのではないか」とアドバイスされ、「コールバー」の姉妹店を任された。系列店とはいえ、師匠の室田さんは自分の考えを押しつける人ではないから、「ザイソン」は初めから津田色のバーに。室田さんから「好きなようにやっていいから」とお墨付きをもらっているので津田流のカクテルを作ることにしたそうだ。 「ザイソン」がオープンする時に、「名物ハイボールをやってくださいよ」との声もあったので、津田さんはメインの商品にハイボールを据えることに。それに津田さん自身も「ビールではなく、とりあえずの一杯にハイボールを出したい」との思いもあって「ザイソンハイボール」が作られた。 この「ザイソンハイボール」は、「白州10年」がベースになっている。「白州10年」を45ml入れ、氷とともにソーダ90mlを満たして名物の一杯を作る。「じゃあ、ザイソンハイボールを一杯いただきましょうか」との私の注文に、津田さんは冷凍庫に入れてあったウィスキーをおもむろに取り出した。グラスに冷えた「白州10年」を注ぎ、氷を入れると、何回かマドラーでかき混ぜる。そして再度、グラスごと冷凍庫へ入れるのだ。グラスが冷えたことを確認すると、それを取り出してソーダを注いで完成させる。津田さんの話では、きれいなハイボールを出したいからこうして作るのだとか。ウィスキーを冷凍しておくのは、風味が抑えられてまろやかになるからで、注いだ時に氷にヒビが入らないようにするのも「ザイソンハイボール」にとっては重要なポイントだそう。氷がなじむ程度にかき混ぜるのだが、この回数も常温のウィスキーを使うよりやや多めに。これは冷えたウィスキーの温度を上げて飲みやすくするのが目的らしい。 これを飲むと、他の客が表現するのと同じく、爽やかな印象が口内に残った。1:2の割り合いになっているからウィスキーの味も十分に残っている。「白州10年」をベースにしたのは、とりあえず一杯目として飲めるようにするためだと言う。つまり味と価格の両面で「白州10年」が一杯目の酒としてフィットしたのだ。飲んだ後の爽やかさは「白州」ならではで、「若干クセがあるが、甘みが炭酸で引き出されるのが特徴」と津田さんは説明してくれた。津田さん自身、ちょっとクセがあって、ちょっと爽やかさが感じられるものが好きだそうで、まとまりがある「山崎」よりも荒々しさが感じられる「白州」の方を用いたかったのだと言う。「白州12年でも山崎12年でも美味しいのですが、できれば年数の若い酒を使いたかったんですよ。それにハイボールにすると、『白州10年』の個性を炭酸が持ち上げてくれるように思えたんです」。
「ザイソンハイボール」を出し始めた頃はまだ今のようにハイボールのブームが訪れていなかった。ブームにより、若い人は、ハイボール=角瓶と思っている人が多いようで、そんな人は決まって「角じゃないの?」と聞いて来るそうだ。「初めは何を使っているのかを話さずに出すんです。そして飲んだ後に印象を聞く。大半の人は『旨いですね』とか、『爽やかな味がする』って気に入ってくれますね。初めから薀蓄を話すと、舌より先に頭で理解してしまうので、面白くないでしょ」と笑いながら津田さんは話してくれた。「ブームというのは怖しいもので、今ではバーの人でもハイボールには角瓶をと、思っているようですね。角瓶もいいんですが、私は冷えきった『白州10年』をオススメしたいですね」と津田さんは言う。「実は私は天の邪鬼で、みんなが角ハイと言うと、余計に違うウィスキーで作ったハイボールを飲みたくなるですよ」と私が言うと、「僕もそうかもしれません」と津田さんはにっこり笑って同意する。私の舌にうまくフィットした「ザイソンハイボール」は、味もさることながら、そんな津田さんの人間味が加味され、ますます気に入ってしまった。一杯目を飲み終わった後、さらにもう一杯この酒を注文したいと思ってしまった。