BAR業態様 限定

バーテンダーズ アイ

「こだわり」、それは酒の道を追求するバーテンダーに必要な資質と信じられている節がある。しかし「こだわり」は本来、固執、妄執など執着を意味するネガティブな言葉。バーテンダーには、およそ相応しくない。バーテンダーの仕事は、酒を振る舞う手法に専心する…つまり「凝らす」ことにある。プロとしての思い思いの「凝りよう」が、接客やインテリアなどの細部に沁み渡り、至福のグラスに宿り、静謐なバーを産み出しているのだ。
今回は、そんなバーテンダーの「凝りよう」が手に取るように伝わる「ツール」を取り上げる。

今回のテーマ
思い入れのあるツール

AVANTI 店主 岡崎ユウ氏

「元麻布のAVANTI」のグッズ

「AVANTI(アヴァンティ)」と言う店名を聞き、「おや!?」と思われる方は多かろう。「Suntory Saturday Waiting Bar AVANTI」 は、TOKYO FMのラジオ番組である。番組中、AVANTIは、元麻布の閑静な住宅街にたたずむ実在のイタリア料理店という設定。1947年に進駐軍の将校クラブとして開業。番組は、その老舗のウエイティング・バーで繰り広げられるシーンから構成されている。洒落た会話、大人の音楽、ペーソス溢れる風刺を織り交ぜたこの番組を毎週愉しみにしているBAR好き、BAR関係者も多い。

銀座のAVANTIは「本当に」実在する一軒。カウンターに立つのは「ジェイク」…ではなく、銀座の麗しきバーテンダーたち2人。ここはウエイティングではなく、本格的なオーセンティック・バーである。店主の岡崎氏が、イタリア語の「AVANTI」が持つ「前へ」、「先へ」という意味、「進む」イメージをBARに掲げたいと温めていた店名でもあった。

2010年、銀座に開業。独立以前からの常連客に、ラジオ番組内で「紳士」役を演じる団しん也氏の知人がいた。「銀座にAVANTIという名のBARがオープンした」と、この常連客の紹介により、団氏が店を訪れることに。その際「AVANTI」の名が入ったグッズをプレゼントされた。嬉しい縁だった。

しかし、人生とは過酷な面も持ち合わせている。「開店以来、いろいろとお骨折り頂いた方なのですが、昨年、お亡くなりになって…」と視線を落とす岡崎氏。まだ、50代前半だったというその女性客に、どれだけ応援してもらったか判らない。「あまりにも感慨深く、ふと気がつくと、このグッズを眺めている時があります」。

平日は18時営業開始のこの一軒、土曜日のみ17時からオープンしている。そして、土曜日に限って、BARのBGMはFM。そう「AVANTI」に耳を傾けつつ、AVANTIで一杯と洒落こむことができる。

銀座のAVANTIには、元麻布のそれにも劣らないストーリーが積っている。

店名入りのグッズが存在感を放つ
“AVANTI”がつないだ縁

In The Room 84 店長 山根大輔氏

築地・杉本刃物で入手した氷包丁

杉本刃物は、築地場外にある老舗刃物店。その歴史は1830年代、天保年間の鍛冶職にまで遡るという。In The Room 84で使用されている氷包丁は、そんな老舗の逸品。

「氷をさばくのが、意外に苦手だったんです」と山根氏は吐露する。特に銀座で仕事を始めて以来、氷を捌く包丁が使いにくく、「これはマズイ」と意を決し築地に買い物に出かけた。

出かけた先は、築地の老舗。「氷を切るモノを探している」と店先で伝えると、始めはあまり良い顔をされなかった。勧められたのは、豚骨などを割る「チャッパー」という中華包丁。しかし、残念ながらかなりの予算オーバー。包丁案内人も「それなら、鋸がいいかな」と倉庫物色の為、奥へ。すると、鋸と一緒に「ちょうど氷包丁があったよ」と上機嫌で戻って来た。せっかくなので、鋸と氷包丁の両方を購入。いい出会いだった。

それまで使用していた包丁とは、氷の仕上がりに違いが出た。以前は、氷がいびつな形に「割れて」しまい、正立方体に仕上げるまで手間暇がかかった。だが、この氷包丁で、まず大きな氷にさっと切れ目を入れ、その切れ目に歯を合わせるように鋸を引くと、真っ直ぐ垂直に氷が切れる。切り口も滑らかである。その後、氷包丁で綺麗に面取りをし、美しい氷の出来上がりとなる。

「今じゃ、すっかり氷を捌くのが好きになってしまい、調子に乗ってブログに上げたりしています」。実演してもらうと、手際良く、効率よく、美麗な氷が仕上がる。なるほど。美しい氷に宿る、バーテンダーのオーセンティシズムを見た気がした。

切り口が何とも美しい
氷は割らずに、“さばく”

松濤倶楽部 オーナー 児玉亮治氏

お手製の生ビール泡切りスティック

知らない者がそれを見ると、単なるくたびれた棒切れである。使い込まれた品である点は一目瞭然だが、一体それが何に使われるかと訊ねられたなら、応えられるものではなかろう。

児玉氏も「普通、なんだか分からないですよね」と苦笑する。約20年前のこと、サントリー ザ・プレミアム・モルツが発売になり、店で生ビールを出していた。その泡が気持ち良く、泡をどう美味しく出そうか、苦心した。

「バースプーンで泡を切っていたのですが、金属とグラスでは相性が悪く、がちゃがちゃと音が立つ、泡切れも悪い。イライラしたものです」と当時を振り返る。業を煮やし、渋谷の東急ハンズへ。すると、珈琲用品コーナーで、サイフォンを撹拌する木製のヘラを見つけた。「これだ!と思いましたね」。持ち帰ってみると丈が長すぎたので、自身で5cmほどカット。その上でやすりをかけ、丸く加工した。お手製の泡切り棒の出来上がりである。

「もう18年以上使っています。今じゃ、これがないと生ビールを注ぐことができない」と断言するほど大事なツールとなった。

確かにビールを注ぐその所作を眺めていると、スティックで泡を切る様は、小気味良い。そうして、差し出されたサントリー ザ・プレミアム・モルツのクリーミーな泡に口をつけ、ついうっとりとしてしまう…そんな口当たりを創り出している。

バー・ツールは高価であれば良いというものではない…改めてそう考えさせられるバーテンダーのひと工夫が伝わる隠れたツールだ。

美しい泡を際立たせる
ツールを生かすのは発想、かもしれない
取材記者:たまさぶろ プロフィール

東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。「週刊宝石」、音楽雑誌などの編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。Berlitz Translation Services Inc., やCNN Inc.本社勤務などを経て、帰国。「月刊プレイボーイ」、「男の隠れ家」などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで600軒を超える。

最近の著書は「【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR」

著書

撮影:斉藤美春