BAR業態様 限定

バーテンダーズ アイ

「こだわり」、それは酒の道を追求するバーテンダーに必要な資質と思われがちである。しかし「こだわり」は本来、固執、妄執など執着を意味するネガティブな言葉。バーテンダーには、およそ相応しくない。バーテンダーの仕事は、酒を振る舞う手法に専心する…つまり「凝らす」ことにある。プロフェッショナルとしての思い思いの「凝りよう」が、接客やインテリアなどの細部に沁み渡り、至福のグラスに宿り、静謐なBARの空気を産み出しているのだ。
今回は、そんな至福のBARで、つい舌鼓を打ってしまうような「自慢のバーメシ」を紹介する。

今回のテーマ
自慢のバーメシ

BAR酒仙堂 オーナー 樋渡洋氏

開く手順から始める「真いわしのオイルサーディン」

酒仙堂は、私が「銀座でもっともひとり呑みに適したBAR」として、勝手に推奨している一軒。オーナーひとりで切り盛りする店として、そのつまみの充実度にも目を見張るばかり。

「開業当時から残っているのは、ピクルスと砂肝のコンフィだけ。その他は、都度開発して来たメニュー。キッチンがないので、サラダやカルパッチョなどをお出ししていたのですが、盛り付けに凝るためもっとも時間を取られる。そのため、随時切り替えて来ました」とその経緯を穏やかに語る樋渡氏。

人気メニュー「真いわしのオイルサーディン」開発のきっかけは、他の店で手作りのひと品にありついた時のこと。それまで肉類と野菜しかなかった店のメニューを振り返り「これはウチでも出せるかな」と思い立った。当初、ひこイワシで作ろうと考えたものの、あまりにも季節が限られるので真いわしに。

そもそも魚をさばくのは、好き。和包丁も5本ほど所持している。だが、どうにも上手く開けない。そんな苦労を築地の有名店「寿司大」で愚痴ると、アバラの骨も綺麗に除け、身もくっつかない手開きのコツを伝授された。

そんな人気メニューの仕込み方を、今回は快く開示してもらったので、以下に。

まずは、真いわしを手開きする。10%の塩水に2時間ほど漬け、水分をしっかり切り、ピチットシートで1日脱水させる。真いわしが大きい場合は、シートを張り換える。次にキッチンバットに並べ、生にんにくのスライス、月桂樹の葉と、タイムひと枝を加えたオリーブオイルに漬し、100℃のオーブンで50分加熱する。1日寝かせた後に、店頭で再加熱してメニューにする。この際のオイルが美味しいので、バケットを添えて出す。これで、病みつき「真いわしのオイルサーディン」の完成である。

レンジがないBARでは、バーメシがない店も多いが、酒仙堂では創意工夫が重ねられている。ひとり仕事で火を扱うのは厳しいゆえ、オーブン電子レンジとトースターの二台を駆使。電子レンジで温め、トースターで焼くなど、トースターが大活躍しているのだとか。

その甲斐あって「お酒のお供に評判がいいメニューを揃えることが出来た」と自負する。しかし、その自負が決して驕りではない、完成度の高いバーメシが、BAR酒仙堂には揃っている。

手間隙かけたオイルサーディン
BAR酒仙堂

松濤倶楽部 オーナー 児玉亮治氏

オーブンで火を通したカリっと「メンチのかつサンド」

「メンチかつ」…このB級グルメとも言えるメニューの魅力に取りつかれた食いしん坊は意外に多いのではないだろうか。サクっと揚げられた衣、齧りついたときににじみ出る肉汁、そして、口中で調和する具材のハーモニー…一枚の肉を揚げたカツレツに比べ、ばらりと口の中で崩れるひき肉ならではの魅力は、その美味み、肉汁の溢れ方に圧倒され、陶酔さえもたらす。実は、私もそんなメンチかつに取り憑かれたひとり。あるカメラマンなどには、取材帰り、洋食屋に一緒に立ち寄っただけで「たまさぶろが何をオーダーするか判った!」と偉そうに解説されてしまうほど。だが、好物だからこそ、メンチかつへの想いは強く、そんじょそこらの品では満足できない。

そんな私を唸らせるのが、松濤倶楽部の「メンチかつサンド」。なにしろ渋谷の高級住宅街・松濤に位置するBARのメニューである。街中の肉屋さんと異なり、どんな高級な隠しレシピがあるのかと訊ねる。

「いや、目玉が飛び出るような高級肉を使っているわけではないですよ」と児玉氏は苦笑する。いや、この美味さには何か秘訣があるはずと喰い下がる。

「強いて言えば、油で揚げずに、オーブンを使っていることでしょうか。実は、自宅近所の洋食屋さんに『特製メンチカツ』があり、よく常連さんが、そのメンチかつをつまみにビールで一杯やっているんです。有名でもない、なんの変哲もない洋食屋さんですが、そのからっとした仕上がりなら、BARでも出せるな」と思い付いた。氏もその洋食屋でメンチかつの秘訣を訊ねたのだと言う。油で揚げず、オーブンで火を通す。油を使わない分、重くならず、食べやすいという利点があるわけだ。

バーメシのメニューとして、通常、人気があるのはカツサンド。氏もカツサンドを考えた時期があった。「でも、カツサンドって、食べているうちに、中身のお肉だけが出てきて、先に食べちゃって、残ったパンと衣だけを後から頬張るハメになることが多いですよね。それを考えると、ひき肉のメンチのほうが食べやすいかな」と方向修正、現在のメニューが生まれた。

カリっとした歯ごたえに加え、豊かなひき肉の味わい、さらに呑んだ後には、応えられないペパーの利いた後味…BARでこれ以上のメンチかつサンドは望めまい。夜中でも、呑んだ後にお土産として持ち帰る常連客が多いというのも頷ける逸品である。

嗚呼、原稿を書いているだけで、また食べたくなって来てしまった。「メンチかつサンド」、恐るべし。

肉のうまみがたまらないメンチカツサンド
松濤倶楽部

In The Room 84 店長 山根大輔氏

ボリュームたっぷりカルボナーラ

銀座の端、銀座8丁目4番地に位置する「In The Room 84」は、銀座にしては珍しく実にアットホームな一軒。そして、この界隈では珍しくほぼ朝まで営業しているため、BARのハシゴの最後に当てにするのも頼もしい。夜通し銀座で呑み続ければ、一杯の前に食事を済ませていたとしても、自然と腹が空いて来るというもの。そんな時に思い出して欲しいのが、このカルボナーラ。

まずはそのボリュームに驚く。果たしてどれぐらいの量かと訊ねてみる。

「実はうちのパスタ、メジャーで量ってないんです。だいたいこれぐらい…みたいな感じで」と、山根氏は自分の人差し指を親指で輪を作り、その「だいたいの分量」を指し示す。

新宿界隈のBARで経験を積み、直近では新宿区落合で地元密着型のBARを切り盛りしていた。お上品な分量では、満足してもらえなかった、というのが、このメニューの源流。そんな中、東中野の「BAR usque-baugh」(バーウスケボー)のマスターから伝授され、それに山根氏なりのアレンジを加えた完成品がこちらとか。

香ばしいニンニクの香りに、あらかじめ焼いておいた「ぶっとい」ダイスサイズのベーコンが、パスタ麺にからみ、濃厚なひと味が利いている。そして、このボリューム。食した感覚からすると、300g程度のパスタだろうか。ちょっとした食いしん坊の男性が、ランチに喜んで食する量。しかし、こと夜中のBARで「小腹が空いたな」と軽い気持ちでオーダーしたとするなら、やや驚くかもしれない。

バーテンダー歴は長いものの、銀座に進出してから、まだ日が浅い氏は「これを夜中の銀座のBARで出すのは、まずいですかね」と自ら心配しているほど。いや、マスター、銀座で洒落て呑むのは嫌いではないが、夜半に空腹感を覚えた際は、行き場を失い困ることもあるのだ。ぜひ、このボリュームで銀座のバーホッパーたちの胃袋を満たし続けて欲しい。

銀座のバーホッパーたちへ。夜中過ぎの銀座で飢えた際、ぜひこちらのカルボナーラを思い出してもらいたい。

食いしん坊に嬉しいカルボナーラ
In The Room 84
取材記者:たまさぶろ プロフィール

東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。「週刊宝石」、音楽雑誌などの編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。Berlitz Translation Services Inc., やCNN Inc.本社勤務などを経て、帰国。「月刊プレイボーイ」、「男の隠れ家」などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで600軒を超える。

最近の著書は「【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR」

著書

撮影:斉藤美春