BAR業態様 限定

バーテンダーズ アイ

「こだわり」、それは酒の道を追求するバーテンダーに必要な資質と思われがちである。しかし「こだわり」は本来、固執、妄執など執着を意味するネガティブな言葉。バーテンダーには、およそ相応しくない。バーテンダーの仕事は、酒を振る舞う手法に専心する…つまり「凝らす」ことにある。プロフェッショナルとしての思い思いの「凝りよう」が、接客やインテリアなどの細部に沁み渡り、至福のグラスに宿り、静謐なBARの空気を産み出しているのだ。
今回は、そんなバーテンダーに「自慢のグラス」について語ってもらった。高価でアンティークなグラスだけが至福の一杯を演出するのではない。期せずして3人の麗しきバーテンダーの想いが感じられるグラスとは、いったい…。

今回のテーマ
自慢のグラス

アトリウム銀座 店長 清水智恵子氏

ビストロを開く予定で購入したボトムズアップ・グラス

清水氏が取り出したのは「ボトムズアップ」グラスだ。ボトムズアップ・グラスは、三角錐を逆さにした形状のグラス。尖がった部分が底になっているため、グラスの酒を飲み干すまでは、どこにも置くことができないという、酒好きのためにあるような代物。古代ギリシャでも使用されていたというグラスの形状だ。

「バーテンダーになる前、ビストロを開くためにOLを辞めました。もう10年以上前のことです。その頃、全国各地を旅して周った際に見つけたのが、このグラスです」。おそらく焼酎用だと思われるが、薄張りの綺麗なフォルムに惚れ込んだ。夢が叶いビストロをオープンした際には、店で使おうと考えていた。だが、結局、修行中に現在の仕事に惹かれ銀座のBARの店長に。

「惚れ込んで買った割には、いったいどこで手に入れたのか覚えてないんです。気の向くままに旅行をしていたので、海の近くで買ったという記憶しかない。北海道だったかもしれないし、実は千葉だったのかもしれません」とはにかむ。

「ボトムズアップ」グラスだけに、店先で使用するには、やや難しいと思っていた頃、北海道旅行の際、ぴったりなスタンドも見つけた。「函館か小樽の雑貨屋さんで見つけました。おそらく、キャンドルスタンドなのだと思うのですが、グラスを合わせてみると、ぴったりで、グラスのデザインの良さを邪魔することもなく…」。実際に組み合わせみると、確かにあつらえたようにジャストフィット。

ボトムズアップ・グラスは、呑み切ってもらうのが基本。そのため、記念日などの御祝いの限られたシチュエーションでのみ、店でも出しているという。

「ビストロとBAR…形態は異なりますが、お店を開こうと決意した時期に購入したグラス。骨董品などの高価なグラスではありませんが、その時の初心を忘れず、これからもバーテンダーという仕事に取り組んで行きたい!と改めて思わされる品です。その分だけ思い入れも深い。それをお客様のお祝の席にお出ししているので、感慨深さもひとしおです」と微笑をたたえ、当時を振り返る。

ベテランになっても忘れない初心…そんな想いが、このグラスとともに、今宵も銀座の隠れ家BARには息づいている。

別途購入したというスタンドが見事にフィット
アトリウム銀座 店内

TOP NOTE 店長 若林恵氏

高校の同級生との北海道旅行で自作したグラス

高校時代からの親友が結婚することになった。結婚してしまえば、それまでのように層々いつでも好きな時に集まり、ガールズトークに華を咲かせる機会もない…そんな想いから、女性3人で北海道に「思い出作り」のプチ旅行に出かけた。2004年3月のことだった。一緒に蒸溜所に足を運んだり、3人でコスプレ記念写真を撮ったり…そんな中、小樽でガラス細工にチャレンジした。

「他の二人は自宅で飾れるということで花瓶を、私はやはりバーテンダーですから、グラスを選びました。」ちょうど桜の季節だったこともあり、選んだ色はピンク、ホワイト、グリーン。

ちなみに、どんなコスプレにチャレンジしたのか、興味本位で訊ねたところ「マルコ・ポーロ」だったそうだ。「他の2人はお姫様を選んだんですけどね」と苦笑する。

グラスの製法は、細いガラス管の先を炎で熱しながら、逆端から息を吹き込みに膨らませて行く。

「あれって、傍から眺めていると、ぷーっと膨らんで簡単そうに見えるんですが、実はむちゃくちゃ大変なんです」とその悪戦苦闘ぶりを身振り手振り付きで解説する。

「吹いて膨らんだところで模様付けする。膨らんだ部分を、砕いたガラスの破片の上にころころと転がすのですが、膨らんだ部分が熱くなっているので、破片の上を転がすと、破片も熱されて溶け、グラス側にくっつき模様となります」。

通常の手順では、その球体となった状態から、職人が切り離し、形も手直ししてくれる。しかし、氏は敢えて自ら切り離しにも挑戦。「手直しなしで、そのままの形にこだわった。それでこんな不細工なんです」と苦笑いしながらも自作への強いこだわりを語る。

グラスを扱うバーテンダーとして、その製造過程を実践し、ガラス職人がどういう想いで作成しているのかを目の当たりにした。やはり、職人にしかできない芸当を思い知った。おかげで、オリジナルカクテル創作時にも、まずはグラスを想像し、レシピを発想するようなったという。

「もちろん、バカラやアンティークなどの芸術品も良い。でも、手作り感満載のグラスにもそれなりの良さもあるかなあと…。遊び心溢れるグラスが、いくつかBARにあっても悪くないと考えるようになりました」。

実際、この手製グラスで、カクテルを出すこともある。グラスの色合いに合わせ、桜色のカクテルを出すときに使用することが多いとか。

ぜひ、この春、TOP NOTEで、グラスもカクテルもオリジナルという若林氏の作品を堪能してはいかがか。

桜色のカクテルが似合う、自作グラス
TOP NOTE

アバンティ 店主 岡崎ユウ氏

高松での全国大会で一目ぼれしたカクテルグラス

2010年5月、第37回NBA全国バーテンダー技能競技大会で高松を訪れた時のこと。コンペ常連の岡崎氏としては、珍しく「お客」として応援に駆け付けた。

大きなコンペティションの会場では、様々な出店がされている。メインは酒類メーカーで、実に多様な主力ブランドもしくはお勧め商品が競うように軒を並べている。時折、コンペ前にも関わらずほろ酔い気味の観戦者も見かけるほど。コンペ後のパーティーで、各バーテンダーの珠玉のオリジナルカクテルにあり付けるにも関わらず…。酒類の他、バーツールやピンバッジなどのブースも並び、BAR業界の独特な雰囲気が味わえるのは、ご存じの通り。

その日、岡崎氏にとって、あまりみかけないグラス業者が大きくブースを展開していた。彼女は、それに囚われた。

「普段の大会では、そこまでグラス屋さんが大きなブースを出しているのを見かけないのです。見入っていたら、すっかり一目惚れしてしまって…」。3種の柄のカクテルグラスを2脚ずつ、計6脚衝動買い。大きさは、110mlぐらいだろうか。

当時、「アバンティ」のオープン前で大忙しだった頃。準備の慌ただしさに、珍しくコンペへの参加も見送ったほど。普段、コンペ用に考案したオリジナルカクテルに合わせてグラスを購入することはままあるが、「開店のためにグラスを揃えよう」という心持ちがあったわけでもなかった。見学だけのつもりで訪れた高松。そこで一目惚れ。「その模様、デザインにも惹かれましたが、特にグラスへの光の入り具合が綺麗で魅了されました」。

バーカウンターで眺めると、無色透明でありながら、角度により、ややアンバーがかった琥珀色のグラスのように映り、その色合いの深さの変化に幻惑される。

さぞかし香川でも有名なメーカーさんかと思いきや「それがメーカー名も判らないんです」と苦笑する。

この瀟洒なグラスたち、オリジナルカクテルをサーブする際、もしくは、イメージの合う女性客向けに登場する機会が多いという。「ぜひ、一杯」という方は、氏の至福のオリジナルをオーダーしてみたい。

光の入り具合が絶妙な一品
3種の柄を衝動買いしたという岡崎氏
取材記者:たまさぶろ プロフィール

東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。「週刊宝石」、音楽雑誌などの編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。Berlitz Translation Services Inc., やCNN Inc.本社勤務などを経て、帰国。「月刊プレイボーイ」、「男の隠れ家」などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで600軒を超える。

最近の著書は「【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR」

著書

撮影:斉藤美春