BAR業態様 限定

バーテンダーズ アイ

「こだわり」、それは酒の道を追求するバーテンダーに必要な資質と思われている節がある。しかし「こだわり」は本来、固執、妄執など執着を意味するネガティブな言葉。バーテンダーには、およそ相応しくない。バーテンダーの仕事は、酒を振る舞う手法に専心する…つまり「凝らす」ことにある。プロフェッショナルとしての思い思いの「凝りよう」が、接客やインテリアなどの細部に沁み渡り、至福のグラスに宿り、静謐なBARの空気を産み出しているのだ。
そんなバーテンダーの「凝りよう」を取り上げる新シリーズ「bartender's eye」。第三回は、その思いの丈を表現したBARのインテリアについて。

今回のテーマ
思い入れあるインテリア

BARルヰ オーナー 菊地敏明氏

インテリア+カウンター下の足置き

ひと言に「BAR」と呼んでも、個々によって抱いているBARのイメージは、確定されていないものだ。それでも菊地氏は「パっと、見た瞬間『む、ここはBARだ』と思わせる」デザインに仕上げたかったと言う。5月30日にオープンしたばかりのルヰは氏にとって、八重洲の「Bar Ocean」に続き二店舗目となる。二軒目に賭ける野心も盛り込みたかった。

理想とするBARは、カウンターがメイン。そう明確にビジョンを描いた氏は、10坪程度の物件を探し求めていた。それ以上の広さでは、テーブル席を設けなければならない。意図からズレてしまう。辿り着いた本物件は7坪。やや手狭かと思ったものの、お江戸・日本橋を抜ける中央通りから少し路地を入った隠れ家らしい地階というロケーションが気に入った。実際に物件を目にするとデザイン次第で、理想を追い求めることができると判断した。

7坪のBAR。足を踏み入れたら、カウンター席に着かざるを得ない点は、狙い通りだ。カウンター周りは、細かく計算しつくされている。カウンター素材は、樹齢300年を誇る花梨。東京・木場の鴨川商店で、探しに探し、最後に「これだ」と決めた逸品。明るく美しい木目を活かした自然な仕上がりは、肌触りもひどく滑らかで、席に着いたとたん思わず掌を滑らせ感触を確かめてしまうほど。幅450cm、奥行き70cm、厚さ7cmというサイズもこれまでの経験から、理想を追い求めた結果だ。「20年、30年後、このカウンターに、様々なお客様の気持ちや足跡が染み込み、艶が出てくる…そんなBARにしたいと願っています」。

そのカウンターに組み合わせられたオリジナルの赤い革張りのスツールは、直径40cm。背もたれがないのは、カウンターにやや前のめりに腰かけて欲しいという狙いから。カウンターの高さは96cm、スツールの高さが66cm。成人男性が腰かけると、カウンター上にちょうど軽く腕が載るようなサイズに計算されている。足を組んでも膝がカウンターに当たらないよう、厚さも計算し尽くされている。

中でも凝っているのは足掛け。BAR(横木)ではなく、フラットに絨毯が敷かれた足掛けは、男性の靴の大きさに合わせて奥行き30cmとし、爪先側の高さ16cm、踵側の高さ10cmと傾斜を設けている。足の位置がピタリとはまり、長時間の滞在でも疲れを感じさせない。BARで呑みながらも、足掛けの位置が高すぎたり、足掛けが狭すぎ爪先程度しか載せられなかったりと、自らの足のやり場が納まらない店は、なかなか落ち着かない。ルヰでは、そんな瑣末な問題に悩まされることは決してない。

バックバーは、やや手狭。もう少し広げたかったと回顧するが、収納に限界があるため、ボトルを厳選する必要があり、「それが返って良かった」と振り返る。

オーナーとして、理想のBARに仕上がった。「理想のスタイルを作って頂いたので、後はどうやって魂を入れて行くか考えています。このデザインを活かしたBARのスタイルが必ずあるはず。それを見つけて行きたい」。

氏の凝りようが随所に現れた一軒。目立つようなインテリアではないが、居心地はさすがに素晴らしく、私のような呑兵衛は、ついつい長居。オーナーの術中にはまっている。

BARルヰ店内
こだわりの足置き

銀座オーチャード オーナー 宮之原拓男氏

一本買いしたカウンターとその搬入の労苦

何も訊ねなければ、それは単なる美しい一枚のカウンターである。だが、そのカウンターには、BARそれぞれのストーリーが隠されている。オーチャードの美しい欅のカウンターもそのひとつ。

銀座にBARを開くにあたり、カウンター素材を探し求めた。もちろん、簡単には見つからない。ところが、今でもハーレー・ダビッドソンを駆るという氏の父から「ハーレー仲間の材木屋が良い木を持っている」と一報があり、福島まで駆けつけることに。

「これがすごい巨木で一目ぼれしました」。そうは言うものの、ハーレー乗りの材木屋だけに、ポリシーも一本筋が通っている。それは「一本買い」。巨木そのものを丸ごと買うしかない。

「何しろ、木を切ってみるまで、中身がどんな状態か判らない。中身を視るためには、買うしかないんですよ」。宮之原氏、明るく語るものの、一種の賭けだった。切らないことには、どんな節目が入っているか、最悪の場合、腐っている可能性もある。「まぁ、大丈夫だろうとは聞いてはいたのですが…」。結果は、見事なまでの欅。オーチャードでは、カウンターのみならず、入口の一枚扉、バックバーの天板とテーブルトップにも使用。インテリアの統一感にもひと役買っている。

カウンターを搬入するのも、一筋縄ではいかなかった。5メートルの欅をエレベーターで搬入するなど不可能。銀座・外堀通り沿いの雑居ビル7階に位置するBARだけに、業者に依頼し、警備員を雇い、外堀通りを通行止めにし、朝4時からクレーン車を使っての作業となった。

5メートルの欅を7階の非常口から引き込むのもひと苦労。初めは、カウンター板を横向きに両端を吊るし、7階の高さまで持ち上げた。人手で引き込もうと、片端を掴むのだが、あまりの重さに引き込むことができない。欅に手を掛けると、その重みにつられ、転落しかねなかった。思案した結果、カウンター板を縦位置に吊るし直し、板のお尻に凧の尾のように手綱を取りつけ、再びトライ。高く吊り上げ、非常口からその手綱を手繰ることで、やっとフロアの内部まで取り込むことが出来たという。垂らされた手綱も、その場にいた全員で引っ張らなければならないほどの重さだった。この作業、所要時間約二時間半。とてもバーテンダー氏がこなす作業とは思われない。

一本買いしたひと品だけに、実はまだこの立派な欅が残っているのだとか。「もう一軒BARが出せる分だけ、残っています。今は保管してもらっていますので、早く資金を貯めて、二号店を出さないといけないですね」と朗笑する氏。

立派な欅のおかげで、オーチャードの二号店が拝めるのだとすると、それもまた自然と縁との恩恵だろう。

銀座オーチャード店内
美しく輝くカウンター
取材記者:たまさぶろ プロフィール

東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。「週刊宝石」、音楽雑誌などの編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。Berlitz Translation Services Inc., やCNN Inc.本社勤務などを経て、帰国。「月刊プレイボーイ」、「男の隠れ家」などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで600軒を超える。

最近の著書は「【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR」

著書

撮影:斉藤美春