BAR業態様 限定

バーテンダーズ アイ

「こだわり」、それは酒の道を追求するバーテンダーに必要な資質と思われている節がある。しかし「こだわり」は本来、固執、妄執など執着を意味するネガティブな言葉。バーテンダーには、およそ相応しくない。バーテンダーの仕事は、酒を振る舞う手法に専心する…つまり「凝らす」ことにある。プロフェッショナルとしての思い思いの「凝りよう」が、接客やインテリアなどの細部に沁み渡り、至福のグラスに宿り、静謐なバーの空気を産み出しているのだ。
そんなバーテンダーの「凝りよう」を取り上げる新シリーズ「bartender's eye」の第二回は、「自慢のバーメシ」について語ってもらった。

今回のテーマ
自慢のバーメシ

銀座オーチャード オーナー 宮之原拓男氏

神戸菊水の黒毛和牛コンビーフ

BARという店柄、ツマミを片手に「グイグイ」と酒を呑む…というシーンは珍しい。だが、そんな呑み方を演出するのが、この「神戸菊水・黒毛和牛コンビーフ」だ。コンビーフは厚めにスライスされ、少量のマスタードと塩が添えられる。ウイスキーを片手に愉しむには、実に魅力的なアテである。

「神戸に勤めていた頃、『神戸菊水』の方がよく呑みにいらっしゃって、銀座でBARを出すとお話したところ『これ使わせてやるよ』と上から目線で、勧められた品です」と宮之原氏は、苦笑いしながら語る。

神戸菊水は1953年創業、神戸の黒毛和牛専門店として、地元でも知る人ぞ知る優良店。コンビーフは、厳選された黒毛和牛のモモ肉と旨味のあるスネ肉を煮込み、アクや脂肪を取り除いた後、大量の野菜と再び煮込む。やわらかくなった肉を今度は手作業で1本1本ほぐす。そして、氷で一気に冷却し、冷凍のまま出荷しているという手の込んだ逸品だ。1990年ドイツのハムコンテストで金賞を受賞しているだけに、なかなか入手困難。だが、オーチャードは菊水の直営店ではないにも関わらず、上記のようなエピソードにより、優先的に仕入れされている。

「コンビーフは、スパムみたいなチープなイメージがついて回りがちですが、その概念を打ち破ってくれるひと品です」と氏も称賛を惜しまない。

盛り付けも、フレンチの前菜風。一見、冷製のステーキのようだ。さっと口に放り込むと、コンビーフだけにバラリっと崩れ、和牛の滋味が口中に広がる。マスタード、塩、どちらも、素材にさらなるパンチを加えてくれる。これをアテにすると、ウイスキーもよりうまく愉しめるに違いない。

「実は『バーメシ』企画については取材をご遠慮させて頂いているんです。以前、有名ブロガーさんが、弊店のカルボナーラをブログに掲載したところ、カルボナーラだけを召し上がりに来るお客様が増えてしまって…。ウチはバーなので、コンビーフを召し上がりながら、ウイスキーとの感動を味わって頂ければ、お店としては幸せですね」と恐縮する。バーでは、良質のつまみとともに、ぜひ一杯の酒の魅力を堪能して欲しいものである。

神戸菊水の黒毛和牛コンビーフ
銀座オーチャード 店内

maeda bar オーナー 前田賢哉氏

〆のぶっかけ蕎麦

「呑んだ後『よし、〆にラーメン行くか!』とおっしゃるお客さんが多い中、もちろん、ラーメンも嫌いではないですが、個人的には『〆には蕎麦がいいな』と思うことが多く」と前田氏。私としても大いに賛同する〆の蕎麦だが、バーを引けた後まで営業している蕎麦屋など、なかなか思い当たらない。

「そうなんです。だったら、自分で出してもいいかな」とメニューに蕎麦を加えたという。

前田氏は、福井県の出身。福井と言ったら、田舎スタイルの大根のぶっかけ蕎麦と相場は決まっているのだとか。その福井から生麺を仕入れ、ぶっかけスタイルで出すことに決めた。

さっそく店先でリクエスト。前田氏は、カウンターで大根を下ろし始める。使用する下ろし金が、また一風変わっている。真ん中から弓状に湾曲しており、おかげで力を加えずとも、サッと下ろせるのだとか。こうした便利ツールを探し出す辺りも、バーテンダーならではの凝り様なのだろう。それにしても、銀座のバーのカウンターで、大根を下ろす様というのは、興味深い作業である。

氏は、やおらジガーカップを取り上げたと思うと、そこに黒い濃い液体を注ぐ。何かと訝しがっていると「蕎麦汁です。カクテルを作る際は、ジガーカップは使わないのに、蕎麦汁を量るのに使います」と苦笑する。

自家製の蕎麦汁は、辛味大根と合わせるため、やや甘めに仕込まれている。さっと茹であげられた福井の蕎麦に、辛味大根が惜しみなく載せられ、ふんわりした鰹節ががばっと盛られる。〆蕎麦の出来上がりである。鰹節の風味といい、辛味大根の刺激といい、甘口の蕎麦汁の調和といい、酔っ払いの〆には、かなりの醍醐味である。自慢ではないが、私は、この蕎麦をお代わりした過去もある。

Maeda barでは、「パテ・ド・カンパーニュ」もお勧め。つまみとするために、レストランよりも0.5%ばかり塩を多めにしている。フレンチのシェフに「どこで修行したの?」と問われるほどの逸品である。

また、チャームとして出されるローズマリーの自家製塩クッキーも、氏の凝りようが体現されたひと品。ぜひ、BARを訪れ、そのレシピの手ほどきなど受けて欲しい。

〆のぶっかけ蕎麦
ローズマリーの自家製塩クッキー

Top note 店長 若林恵氏

リゾット

店長自らが苦心しメニューとしているリゾットは、特に常連の胃袋を魅了してやまない。系列店に「ルスティカネラ」というレストランがあり、そこで半年ほど「修行」した成果が発揮されているのだとか。

「修行と言っても、女性スタッフが辞めることになり、男性スタッフばかりのレストランもいかがなものかと、即席でホール担当者としてヘルプしていた時期があったんです。せっかくレストランで働くのに、手ぶらで帰って来るのももったいないと思い、業務と関係なく、シェフに教えてもらったのが、このリゾットです」。

リゾットたるや、米の選定により仕上がりがまったく異なる為に、そこに秘訣があると言う。だが、ブランドにこだわる必要はないのだとか。

「リゾットには、芯を残したい。新米を使うと、水分が多すぎ、お粥みたいになりがち。艶加減もやや光沢に欠けるほうが向いているようで、米粒は均一に大きさが揃っているほうが良いですね。パスタのように10分程度でお出しできるように、スピーディーに出せるよう仕込みをしていますが、そこは企業秘密なので内緒です」といたずらな笑みを見せる。

メニューとしては「トマトとアンチョビ・リゾット」がスタンダード。しかし、季節やその日の仕入れ具合、客の要望に合わせて、調整を図っている。常連であれば、前回の来店時と味がかぶらないように工夫することも。

この日、取材に用意してもらったのは、「野菜たっぷりリゾット」。オレンジのパプリカに、茄子、インゲンなどをふんだんに使い、ヘルシーであっさりした味付けに仕上げている。同じメニューでも、チーズやクリームを加え、こってり味にすることも可能。ベーコンを加え、やや重めに仕上げるなど変幻自在だとか。

Top Noteのランチには、基本的にカレーが用意されているのだが、運が良ければ、この自慢のリゾットにありつける日もあるとか。どうしても気になる方は、ランチでその実力のほどを思い知るのも良いだろう。

野菜たっぷりリゾット
魅力的なメニューが並ぶ
取材記者:たまさぶろ プロフィール

東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。「週刊宝石」、音楽雑誌などの編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。Berlitz Translation Services Inc., やCNN Inc.本社勤務などを経て、帰国。「月刊プレイボーイ」、「男の隠れ家」などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで600軒を超える。

最近の著書は「【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR」

著書

撮影:斉藤美春